俳句の庭/第95回 草もみじ 加古宗也

加古宗也
昭和四十五年、村上鬼城の高弟・富田うしほ・潮児父子に師事。五十二年十二月「うしほ追悼特集号」から若竹編集長に。平成二年九月から若竹主宰に。  現在、俳人協会理事、国際俳句交流協会・日本現代詩歌文学館評議員、村上鬼城顕彰会常任理事、日本文芸家協会会員・日本ペンクラブ会員・俳文学会会員

 奈良県東吉野村は著名俳人の句碑がたくさん立っていることで知られる村だ。その歴史は日本武尊の東征伝にさかのぼる歴史を誇る山村で、ニホンオオカミ終焉の地としても知られている。阿波野青畝・日野草城・茨木和生などの句碑が集中して立っている天好園という宿は多くの俳人たちが度々訪れる俳句の宿といわれている。その園内の片隅に私の句碑が立っている。先年、久しぶりに訪ねたとき、私の句碑の裾にいくつかの水芭蕉が背を伸ばしているのを見つけて、句友たちとともに、ほのぼのとした気持ちになった。
 毎年、九月には村上鬼城顕彰全国俳句大会と鬼城墓参のため群馬県高崎市にでかける。そして、大会の後、何度か尾瀬を訪ねた。尾瀬といえば水芭蕉が余りにも有名だが、それはあの『水芭蕉』の歌があるからだと思う。ところが、九月の尾瀬は、水芭蕉ではない。長々と一本の木道が続き、その木道に向かって、燧岳の方から秋の風がたっぷりと吹く。そして、見事な草もみじが美しい波模様を見せる。黄金色一色の尾瀬の草もみじは、ただただ美しくダイナミックだ。
 尾瀬といえば水芭蕉という思いが、見事に吹き飛ばされる。そして、尾瀬の美は一も二もなく「草もみじ」なのだと実感した。一本の木道を遠くから歩荷がやってくる。やってくるがなかなか到着しない。木道と草もみじと歩荷。それで全ての尾瀬がそこにある。