俳句の庭/第70回 楽園 櫂 未知子

櫂 未知子
昭和35年 北海道生まれ。「群青」共同代表。第一句集『貴族』で中新田(なかにいだ)俳句大賞、『季語の底力』で俳人協会評論新人賞、第三句集『カムイ』で、俳人協会賞・小野市詩歌文学賞を受賞。著書に『食の一句』『俳句力』『言葉の歳事記』『十七音の旅』『季語、いただきます』などがある。俳人協会理事、日本文藝家協会会員。

 あれは町会の子ども会の遠足のようなものだったか、貸切バスで余市町からニセコアンヌプリに行ったことがある。ニセコアンヌプリは洞爺湖の北西に位置する1308mの火山で、頂上付近では、夏季に百種以上の高山植物が見られる。アンヌプリへはスキーのために何度か行ったが、夏に行ったのは、あの時が初めてだった。
 パウダースノーを満喫できる冬季とは全く異なった山容が目の前にあった。そして、登るにつれ、花がどんどん増えていった。その時、「お花畑」と呼ぶのだと教えてもらったことを今でもよく覚えている。なぜかというと、「ずいぶん子どもっぽい呼び方だなあ」と思ったからである(私自身が子どもだったのに)。後年、俳句を始めてから、このお花畑は、登山をする人たちが敬意を込めて名付けたのだと知った。恥ずかしくなった。
   八方尾根
 しばらくは雲の中なりお花畑 片山由美子
 (『雨の歌』)

 雲に覆われたり、いきなり晴れたり、あるいは夏霧が這ったり、山の天気は変わりやすい。ただ、今は雲中を行くような状態でも、目当てのお花畑にたどり着く頃にはふっと晴れてくれるのではないかという淡い期待も、この句にはあるのではないか。
 子どもの頃のその小旅行は、山の上にも花の楽園があるのだと教えてくれた。今、「お花畑」という季語を目にするたびに、北国の短い夏の輝きを思い出すのである。