俳句の庭/第27回 鵯の巣立ち 染谷秀雄

染谷秀雄
昭和18年(1943)8月31日東京都生。1966年「夏草」山口青邨に師事。1986年「屋根」斎藤夏風に師事。2017年3月「屋根」終刊に伴い、「秀」創刊主宰。「夏草」新人賞。俳人協会理事事務局長。日本文藝家協会会員。句集に『誉田』『灌流』。

 玄関ドアを開けるたびに鵯が玉散らし仕立ての柊から飛び翔つ。足下には小枝や棕櫚が落ちていて営巣しているのではと巣を覗くと卵が二つあった。鵯は警戒心の強い鳥なので近くでじっと見ることは出来ない。巣は目の高さよりやや高いところにあり、全容は見えない。営巣にあたってはよく考えられていて玉散らしの枝の上部が枝葉を張っていて雨を凌げ、鴉などの天敵から見えないようなところに巣を造っているのである。抱卵をしてからは玄関ドアも極力そっと開け、見ないふりをしてそこを通った。二週間も経っただろうか、雛の鳴き声が玻璃越しに聞こえてくる、無事孵ったようだ。日々巣の前を通るのが楽しみになった。
 或る日、雛が激しく鳴き、親鳥も鳴いているので目を向けると濡縁で巣に戻れず親鳥を呼んでいるようで親鳥は親鳥で雛を呼んでいるようだ。巣から落ちたか巣立ったか玻璃越しだが初めてその姿を見た。羽はもう整っているがまだよく飛べない。嘴が大きくペンギンのように立っている。巣に戻してやりたかったがじっと我慢し、雛の生命力に任すほかないと思った。そのうち七、八メートルほど低く飛んで草むらに入ってしまった。翌朝、巣を覗くと親鳥共々跡形もなく空っぽになっていた。
 数日して二度三度嘴で洋間の玻璃戸をつつく鵯の光景にまるでこちらを呼んでいるかのように思え、巣立った鵯が里帰りしてきたのだろうかと勝手な想像をした。