俳句の庭/第32回 雪嶺よりの風 角谷昌子

角谷昌子
東京生。「未来図」主宰鍵和田秞子に師事。「未来図」終刊後、「磁石」同人。俳人協会理事、国際俳句交流協会理事、日本現代詩歌文学館評議員、日本文藝家協会会員。朝日新聞俳句時評、「俳句の水脈・血脈」(角川書店『俳句』)、「いきもの歳時記」(本阿弥書店「俳壇」)を各連載中。芭蕉記念館「英語俳句講座」講師。

 夫が趣味の養蜂のために棲み始めた山梨の山荘から、南アルプスの鳳凰三山や甲斐駒ヶ岳がよく見渡せる。朝日は最初に嶺々を浮かび上がらせ、夕陽はうしろから山脈を茜色に荘厳する。甲斐駒颪は猛烈で、ことに冬は山荘を揺らすほどだ。
  真つ先に嶽の北風受け榧大樹  昌子
山荘の西に佇立する榧大樹を甲斐駒ヶ岳からの風が直撃する。梢を震わせながらも耐える姿にいつも励まされる。ことに真冬になって夕陽を浴びながら積雪の甲斐駒ヶ岳と並ぶ姿は神々しいほどだ。
 雪嶺といえば、山口誓子は病気療養のために伊勢の海辺に住み、そこから見える雪嶺に心惹かれて多く詠んでいる。
  雪嶺を何時発ちて来し疾風ならむ 誓子
昭和24年2月の作(『和服』)。疾風が家の窓や壁を震わせて通り過ぎる。凍りつくような風は、はるかな雪嶺から吹き下ろしてきたのだ。この雪嶺は鈴鹿山脈のことで、誓子は「鈴鹿おろしを列車の如く扱っている」と自解している。誓子は物と物、対象と己との関係を常に見極めて、いかに適切な表現方法を用いて作品として結晶させるかに心を砕いていた。この雪嶺の句には、その関係性の把握の新鮮さと列車のように見立てたユーモアがある。
 雪嶺の凛とした姿と吹き下ろす風はこのように誓子の詩心をかき立てたのだ。