俳句の庭/第68回 甲山 森田純一郎

森田純一郎
1953年大阪市生まれ。1986年「かつらぎ」入会、阿波野青畝・森田峠に師事。2013年5月、3代目「かつらぎ」主宰を継承。俳人協会理事・関西支部長、大阪俳人クラブ副会長、日本文藝家協会会員、国際俳句交流協会会員。大神神社・住吉大社・今宮戎神社・南御堂みどう俳壇選者。句集『マンハッタン』・『祖国』・『旅懐』・『街道』。編纂『森田峠全句集』。

 阪神間に住む人にとって甲山は非常に親しみのある山である。標高309メートルのお椀を伏せたような山容は何とも言えない安心感を与えてくれる。
甲山が正面に見える西宮市営満池谷墓地のカトリック墓地の中に先師阿波野青畝の墓がある。ここには、稲畑家の墓もあり、稲畑汀子「ホトトギス」前主宰も眠っておられる。

  お姿に似る甲山青畝の忌   森田 峠「牧開」所収
                   平成5年作

 晩年の青畝先生はふっくらとされ、まことに穏やかな感じのお方だった。

  甲山緑雨の中に浮かびけり   森田純一郎「かつらぎ」
                    令和4年8月号近詠
甲山まさに鉄鉢めき凍つる   森田純一郎「旅懐」所収
                 平成26年作

 通勤途中の阪急電鉄今津線の仁川駅手前あたりで、車窓から弁天池越しに見る甲山は季節毎に違う顔を見せてくれ、俳人にとっては、格好の句材にもなってくれる。
甲山は位置的には六甲山地の東端になる。

  六甲を低しとぞ凧あそぶなる   阿波野青畝「國原」所収
                     昭和13年作

 再度山や摩耶山のある六甲山地は最も高い六甲山でも標高931メートルしかない。
  「かつらぎ」はその名の通り、創刊時の発行所は奈良にあったが、青畝が甲子園に居を移してからの発行所は兵庫の西宮になり、今は宝塚の我が家になっている。約80年近くを甲山の近くで俳誌発行をしているわけだ。

  まろやかな甲山ある初景色   森田教子
                   (新兵庫吟行案内79頁)

 甲山には今後とも「かつらぎ」を見守っていてもらいたいと思う。