今日の一句

十月二十一日
鏡ヶ池水の波紋にある秋意今村潤子

「 鏡ケ池」とは漱石の『 草枕』に出てくる池で、ヒロィンの那美さんが画家にこの池に浮かんでいる所を絵に描いてほしいと言った所である。

「 今村潤子集」
自註現代俳句シリーズ一二( 二)

十月二十日
折端となりしよ酒をあたためむ草間時彦

東明雅先生と歌仙を卷いた折の句。明雅先生は私の連句の師。

「 草間時彦集」
自註現代俳句シリーズ続編( 一)

十月十九日
老妻に糊の夕冷え障子貼る皆吉爽雨

老妻が障子貼りにはげんでいる。夕ずいてそろそろ冷えてきた。皿の糊もしろじろと冷えた色をたたえている。それに刷毛を浸しては貼っている。

「 皆吉爽雨集」
自註現代俳句シリーズ一( 三)

十月十八日
わたりゆく鷹全身で見てゐたり吉田紫乃

五箇山以外の平地では、殆ど鷹を見る事ができない。山麓は枯野だった。一羽を消え入るまで見る。感動は瞬間がよいのかもしれない。

「 吉田紫乃集」
自註現代俳句シリーズ七( 三〇)

十月十七日
石に水落ちて微塵や実むらさき金丸鐵薫

流れが小さな滝となって落ち、大きな石がその滝を受け、しぶきが玉となって飛び散る。そばに、むらさきしきぶの実がびっしり。

「 金丸鐵薫集」
自註現代俳句シリーズ一一( 二〇)

十月十六日
しばらくは手をうづみおく今年米小島 健

郷里から毎年、新米が送られてきます。長い間のお付き合いです。故郷の人は、皆さんとても温かいのです。

「 小島 健集」
自註現代俳句シリーズ一二( 一)

十月十五日
母の名と同じいたこや霧しぐれ峰尾北兎

次男顕と恐山へ。死者の雲と口寄せする盲目の。偶然母と同じ名のいたこがいたのには驚いた。混んでいて亡母の声を聞けず残念であった。

「 峰尾北兎集」
自註現代俳句シリーズ七( 一)

十月十四日
ひかり飛ぶものあまたゐて末枯るゝ水原秋櫻子

十月末、野は枯れそめ、寂しさが強く印象づけられる。しかし、小虫や蟋蟀などは、翅を秋の日差に光らせて沢山飛んでいる。霜が下りるまでの短い命を惜しむかのように、きらきら輝いて飛んでいるのだ。

「 水原秋櫻子集」
脚註名句シリーズ一( 一五)

十月十三日
湯の縁につかまり秋の山を見る清崎敏郎

越後の栃尾股といぅ湯治楊。混浴の湯に浸っていると、湯の縁の框につかまって秋の山に眺めいって見ている嫗があった。

「 清崎敏郎集」
自註現代俳句シリーズ一( 三〇)

十月十二日
大阪の俳諧を守り桃靑忌大橋櫻坡子

大正五年「 ホトトギス」初入選、翌六年、堺瑞祥閣の句会で初めて虚子の謦咳に接して以来、「 ホトトギス」系を糾合して淀川俳句会、更に無名会を興すなど、大阪俳壇の確立に努め常に尽力を惜しまなかった。先師の桃青忌に当っての自負と感懷が窺える。( 妙子)

 
「 大橋櫻坡子集」 脚註名句シリーズ一( 五)

十月十一日
麻薬うてば十三夜月遁走す石田波郷

前句と同時の句。疼痛をやわらげるための麻薬の効果が「 遁走す」という大胆直截な表現となったもの。十三夜月は十五夜月と異なりいささかのさびしさを含んでいる。

「 石田波郷集」
脚註名句シリーズ一( 四)

十月十日
白鳥待つ川幅なれどいまだ来ず秋澤 猛

十月末。最上川河口には、もう白鳥の先陣が来ている筈なのに来ていない。河口は川幅を平らにして待っているのに。

「 秋澤 猛集」
自註現代俳句シリーズ五( 一)

十月九日
蓮の実のとぶは目鼻のとぶごとし岡崎桂子

蓮の実が落ちたあとの蜂の巣のような穴を見て、ぱっとひらめいた言葉である。

「岡崎桂子集」
自註現代俳句シリーズ一一(三)

十月八日寒露
去來忌や月の濡らせし竹の肌成瀬桜桃子

陰暦九月十日。「 凡そ天下に去来程の小さき墓に参りけり 虚子」のとおり小さな墓が嵯峨にある。墓は小さくても「 去来抄」は偉大だ。

「 成瀬桜桃子集」
自註現代俳句シリーズ一( 一四)

十月七日
空も酔ふ笛の一節くんち来る中尾杏子

長崎っ子なので、くんちのしゃぎりを聞くと、血がたぎる。空も海も山もくっきり澄んで、十月の長崎は一番よい季節。

「 中尾杏子集」
脚註名句シリーズ一〇( 一五)

十月六日
風出て晴萩寺さまの萩焚く日岸田稚魚

萩供養の日、よく晴れ渡りたり。晴るれば風出づるが常。

「 岸田稚魚集」
自註現代俳句シリーズ続編( 三)

十月九日
蓮の実のとぶは目鼻のとぶごとし岡崎桂子

蓮の実が落ちたあとの蜂の巣のような穴を見て、ぱっとひらめいた言葉である。

「 岡崎桂子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三)

十月五日
栗飯炊く終始松葉の炎なる雨宮昌吉

栗飯は一つずつ剝かねばならないので手数のかかること夥しい。しかも付きっきりで松葉をくベて炊きあげてくれた。心温まる故郷の味。

「 雨宮昌吉集」
自註現代俳句シリーズ四( 三)

十月四日
かの日父子今秋嶺にひとり我福田蓼汀

薬師平から父子と、ガイドの佐伯兼盛と白山を遠望し、いつの日か同行したいと話した。白山に来て逆に薬師岳を望んだ時は父だけであった。

「 福田蓼汀集」
自註現代俳句シリーズ一( 一三)

十月三日
乱山とならむとすなる秋の風斎藤 玄

晩秋の風に削がれ、次第に鋭くなってゆく山々のただずまいである。「 乱山」というイメージの追跡に終始した。

「 斎藤 玄集」
自註現代俳句シリーズ二( 一六)

十月二日
長き夜を踊りて白き足の甲坂本宮尾

みごとなドレスの女性が、タンゴを踊った。高いヒールの靴を履いた彼女の足が、くっきりと目に焼き付いた。

「 坂本宮尾集」
自註現代俳句シリーズ一二( 四六)

十月一日
秋の雲立志伝みな家を捨つ上田五千石

秋の雲は高空に発生する上層雲とか。古今東西「志」を高く掲げて成功成就に立ち向った人々は、多く一家を顧みることなく突っ走っていた。俳句に目覚めた自分と、母親に安定した生活をと願う葛藤の中の自分への鼓舞の一句だったのであろう。( 萩原陽美)

 
「 上田五千石集」脚註名句シリーズ二( 一五)

九月三十日
紅白の萩門前に咲き分けし舘岡紗緻

石田波郷生家門前。御親戚の方がお住みとのことであった。

「 舘岡紗緻集」
自註現代俳句シリーズ七( 一二)

九月二十九日
亀流す秋篠川の秋出水山田孝子

前夜の大雨で濁流渦巻く秋篠川を大きな亀がころころと流されていった。普段は亀も小魚も安住のやさしい流れなのに。

「 山田孝子集」
自註現代俳句シリーズ八( 三九)

九月二十八日
古稀近き齢露けき夜と思ふ阿部幽水

何時の間にか古稀を迎える齢となり、ふと来し方をふり返る。露けき夜のしじまに。

「 阿部幽水集」
自註現代俳句シリーズ八( 三一)

九月二十七日
日と風に身を透かせつつ花野かな鈴木良戈

尾瀬が原は何回も往復した。入り易かったルートは鳩待峙からで、家族、医師会の仲間、句友達ほかいろいろな人と湿原の四季を楽しんだ。

「 鈴木良戈集」
自註現代俳句シリーズ八( 四三)

九月二十六日
俱利伽羅の真葛の雨の滝なせり新田祐久

富山で俳人協会主催の俳句大会があり、参加した。台風襲来でたいへんな雨だった。この時の大会で、細見綾子先生の特選。

「 新田祐久集」
自註現代俳句シリーズ五( 二四)

九月二十五日
夕ぐれは酒欲しくなる萩の雨畠山譲二

実感句である。或る飲屋で頼まれて色紙に書いた「 萩の雨」という季語の設定がいいとは佐川広治氏の評。

「 畠山譲二集」
自註現代俳句シリーズ五( 四九)

九月二十四日
牛睡くなる穂芒の頰ずりよ藤井 亘

私は丑年の生まれだから、牛には同類の誼みみたいな感じがある。この句は牛のことだが、実は私自身の告白というべきかも知れない。

「 藤井 亘集」
自註現代俳句シリーズ五( 五一)

九月二十三日秋分
天涯に風吹いてをりをみなへし有馬朗人

塔の会で箱根へ吟行した。雨の中を方々歩いた。高い崖の上におみなえしが風に吹かれていた。

「 有馬朗人集」
自註現代俳句シリーズ四( 四)