今日の一句
- 十月十九日
幽けくて遠くの紅葉まで日ざす 佐野まもる 嵯峨の早朝。「遠くの紅葉まで」が作者のもっとも注目する位置であった。
「佐野まもる集」
自註現代俳句シリーズ三(一六)
- 十月十八日
火山灰降りてひねもす案山子風の中 小原啄葉 女岳の噴出物は、浅間山噴火の数倍にも達した。田の案山子の頬被りにも、連日火山灰が降る。
「小原啄葉集」
自註現代俳句シリーズ四(一六)
- 十月十七日
鈍痛に似たり秋風のデモ行くは 有働 亨 秋風の吹く大通りをデモの列が通る。様々な要求を掲げているが、私には「社会の鈍痛」みたいなものを感ずる。秋風の中、デモは私の前を通る。
「有働 亨集」
自註現代俳句シリーズ四(一二)
- 十月十六日
白き帆の一点となる秋思かな 江口井子 霞ヶ浦の帆曳舟はすっかり廃れてしまったが、秋天の下、遠景となってゆく白帆には思いが残った。
「江口井子集」
自註現代俳句シリーズ一一(二八)
- 十月十五日
文才を自負の腕組み天高し 山川安人 何かそんな真似の一つもやりたくて。
「山川安人集」
自註現代俳句シリーズ一一(二七)
- 十月十四日
鵙高音陽は暖流をのぼりたる 大岳水一路 都井岬へは日豊本線を南宮崎駅で降り、日南線に乗りかえる。めざす菜穀火鍛錬会の途次、心もまた暖流をのぼる陽のように昂っていた。
「大岳水一路集」
自註現代俳句シリーズ六(四四)
- 十月十三日
犀川を雲を見飽かず秋の暮 米谷静二 金沢は父の生地、とくに近い親戚は残っていないが、なつかしい。犀川を、雲を、と区切りながら呼びかけているようである。
「米谷静二集」
自註現代俳句シリーズ五(二九)
- 十月十二日
美しき天平仏へ鵙の声 中村姫路 興福寺の阿修羅像や仏頭、秋篠寺の伎芸天などは天平仏の代表格であろう。端正で気品溢れる顔をしている。
「中村姫路集」
自註現代俳句シリーズ一二(四三)
- 十月十一日
青みかん青の領域黄の領域 後藤比奈夫 会の席上青蜜柑が配られた。青みかんとしか言いようのないものであったが、どこかに黄色が生れかかっていた。青と黄の領域争いを見たと思った。
「後藤比奈夫集」
自註現代俳句シリーズ一(一八)
- 十月十日
さきをゆく人かき消えし葛月夜 佐野美智 壁の一個所からするっと異次元の世界へ吸い込まれるSF映画があった。あまりに澄んだ月光のなせるわざか。
「佐野美智集」
自註現代俳句シリーズ四(二四)
- 十月九日
- 長き夜のゆあーんゆよーん中也詩集
角谷昌子 中原中也の詩「サーカス」(『山羊の歌』所収)には、「ゆあーん ゆよーん」が繰り返され、空中ブランコのイメージが広がる。やがて揺れながら、夜長の闇に誘われてゆく。
角谷昌子 「磁石」2024
- 十月八日寒露
秋冷や珠洲焼に濃き波状紋 千田一路 珠洲焼は平安から室町期まで続いていた六古窯に並ぶ中世の寂陶。「黒陶の美」とも形容される。井上雪さんが『波状』の一句として評された。
「千田一路集」
自註現代俳句シリーズ九(一)
- 十月七日
不覚にも籾殻山が火を見せて 髙崎武義 籾殻は、保温、被覆用として使われるが、焼いて灰を採ることが多い。燃やさないでいぶすのである。越前平野は米どころ。
「髙崎武義集」
自註現代俳句シリーズ七(四四)
- 十月六日
六階に住みかばかりの障子貼る 向笠和子 形ばかりの煤掃きをするが全く「かばかり」の障子である。不器用な私にはなかなかはかどらない。
「向笠和子集」
自註現代俳句シリーズ五(六〇)
- 十月五日
穴にまだ入らず権現さまの蛇 山仲英子 十月五日・箱根での吟行会。会場は山のホテル。狩行先生の誕生日に当たり、幹事さんから、花束が。慶事にふさわしい秋晴。
「山仲英子集」
自註現代俳句シリーズ八(二四)
- 十月四日
鵙高音をんなのつくすまことかな 鈴木真砂女 同じ年の作に〈裏切るか裏切らるるか鵙高音〉。誰にとっても恋は真剣勝負だ。あわれなほど一途にまことを尽くす。鋭く裂くような鵙の高音は恋する女の叫びのようである。この女のまことを心から受け入れてくれる男はどれだけいるだろう。(瓔子)
「鈴木真砂女集」 脚註名句シリーズ二(四)
- 十月三日
新米をたまはる蔵の鍵開けて 福島せいぎ 「なると」同人会長上田健三さんのお宅は旧家である。古い蔵を開けて、米や芋など気前よくくださった。丹精を込めて作った菊も見事であった。
「福島せいぎ集」
自註現代俳句シリーズ一三(一二)
- 十月二日
わさび秋冷いのちの水の荒々し 河合未光 中伊豆山葵田。水をいのちとして育つ山葵、秋冷の迫ると云うに、何と荒々しいそのいのちの水勢だろう。
「河合未光集」
自註現代俳句シリーズ七(三八)
- 十月一日
栗の樹に三日月妻の誕生日 林 徹 栗の樹にかかった三日月に、妻への祝意を託した。
「林 徹集」
自註現代俳句シリーズ四(三八)
- 九月三十日
霧深き谷製材の鋸唸り 泉 紫像 手取ダムからの帰途、濃霧に包まれフォグランプを点灯していても危険極まりない。何も見えない道端の製材所は平常通りの作業を続けていた。
「泉 紫像集」
自註現代俳句シリーズ一一(二)
- 九月二十九日
秋蝶や風の柱の螺旋階 橋本榮治 四階建の研究棟に外付けされた螺旋階段、そこを秋の蝶が羽も動かさずに舞い上って行く。螺旋階段の中がまるで風でできた柱のように思えた。
「橋本榮治集」
自註現代俳句シリーズ一二(四〇)
- 九月二十八日
半世紀の母の糠床虫しぐれ 中川靖子 結婚する時に母から分けて貰った糠床。糠を足しながら母のように、毎日糠床を掻き回して早半世紀が経った。
「中川靖子集」
自註現代俳句シリーズ一三(三三)
- 九月二十七日
爽やかに仕事ができる体かな 小川軽舟 この句を作った十年前は、私はサラリーマンだった。今は俳句が仕事である。どんな仕事でも爽やかな季節は爽やかに働ける健康が何より。
小川軽舟 句集『朝晩』 2015年作
- 九月二十六日
秋の蠅見出し一字になりきつて 村上沙央 新聞の周辺をうるさく飛んでいた蠅が、つと姿を消した。一瞬目眩ましと思ったら見出しの一字に乗っていただけのこと。
「村上沙央集」
自註現代俳句シリーズ一二(二〇)
- 九月二十五日
多摩川や鮭群来群来と昼の虫 伊藤いと子 鮭が川を遡ることがニュースの話題になった。多摩川の中州の虫たちもそのことを喜んでいるようであった。川の水は以前よりきれいになった。
「伊藤いと子集」
自註現代俳句シリーズ一〇(三二)
- 九月二十四日
虫鳴くや海峡の闇岬の闇 池田秀水 同前。函館の立待岬。「天に星沖に烏賊火の揃ひたる」も同時作。
「池田秀水集」
自註現代俳句シリーズ六(四八)
- 九月二十三日秋分
秋怒濤纒ふものなき智恵子の碑 角田独峰 千葉県九十九里浜での林間俳句学校は珍しく秋口になって行われた。護岸工事中の荒涼たる砂浜の中に智恵子の石碑が一つぽっんと残されていた。
「角田独峰集」
自註現代俳句シリーズ五(二三)
- 九月二十二日
鶏頭の肉色獄の塀の外 土生重次 中学生の頃住んだ堺の家は、東洋一と言われた堺刑務所の近くだった。体操の時間、高く長い塀に沿ってゆく駆け足が苦手だった。
「土生重次集」
自註現代俳句シリーズ六(三七)
- 九月二十一日
長居せば髪白くなる芒原 山口 速 同所。昔日の賑いが嘘のように、一面の芒が荒涼と吹かれていた。そのままたたずんでいたら、髪が白くなるどころか、気がヘンになりそうだった。
「山口 速集」
自註現代俳句シリーズ六(一六)
- 九月二十日
肩に来て歌へよ帰る日の燕 坂本宮尾 横浜港で詠んだ。ちょうど秋燕は南の国へ向かうところ。長旅の前に、私の肩に止まって、日本で見たことを聞かせてほしいと思った。
坂本宮尾 句集『ゆるやかな距離』 2018年