今日の一句

四月十六日
はな茣蓙ござといふさむしろにただよへり鈴木栄子

さびしとてものいえば、さびしさのなおたえがたし、さびし日はもだえてあらむ、うつうつともの忘れつつ、ちぎれ雲ながめてあらむ。「蠟人形」。

「鈴木栄子集」
自註現代俳句シリーズ四(二八)

四月十五日
春潮しゅんちょうといへ夕波ゆうなみのややに村田 脩

同じく江ノ島の景。この潮の荒れは確かに夕べさみしむ心が感じさせたものである。

「村田 脩集」
自註現代俳句シリーズ三(三五)

四月十四日
ばんじるやぐらもおきようてん堀 古蝶

寺泊は新潟県最古の国津。海辺には浜焼きの店が軒を連ねる。番屋の櫓に人影がなく、沖まで花曇りの空が続いていた。

「堀 古蝶集」
自註現代俳句シリーズ七(一三)

四月十三日
白山はくさんしたはなばたけかな新田祐久

菜の花畠は明るく、春が来たことを実感させる。

「新田祐久集」
自註現代俳句シリーズ五(二四)

四月十二日
うら木戸きどきでさくらの下通したとお成田清子

立派な正面玄関から入るよりも、親しみのある裏木戸がいい。夫の実家に行く時はいつも裏木戸から入った。

「成田清子集」
自註現代俳句シリーズ一一(四)

四月十一日
太陽たいようをたちまちふやし石鹼玉しゃぼんだま檜 紀代

俳句をやっていて本当によかったと思うのは、多士済々の方々とお知りあいになれたこと。

「檜 紀代集」
自註現代俳句シリーズ五(二五)

四月十日
はなのうえんずるふえつづみかな竹腰八柏

丹波篠山では春日神社で年二回能が演じられる。一つは花の頃、他は大晦日の夜である。花の下に演じられる能は格別である。

「竹腰八柏集」
自註現代俳句シリーズ五(二〇)

四月九日
こうぼうあじほめてさくらかな鈴木節子

<感嘆は喉もとにあり朝ざくら>同修善寺の所産。桜は、朝、昼、夕、夜、それぞれの趣があり、日本人ならず愛される花だ。弘法の湯も愛される。

「鈴木節子集」
自註現代俳句シリーズ九(三六)

四月八日
はなおおいなるほしきょなり松田雄姿

鶏頭会で秩父へ。一日花を仰いで歩いた。当日はたまたま虚子忌。句会が終わって外を見ると、花の上は一面の星空。金星がひと際明るかった。

「松田雄姿集」
自註現代俳句シリーズ一二(二四)

四月七日
きりぎしにまんまるのあなとりこい浅井陽子

東吉野村の故藤本安騎生さんの家近く、崖に山翡翠が営巣した。前の川に採餌の姿を見ることもある。気になる崖の穴でよく覗き込んだ。

「浅井陽子集」
自註現代俳句シリーズ一二(一一)

四月六日
つきおぼろ明日あすこわすとめしいえ下里美恵子

生れ育った家を壊すことになった。複雑な思いをおぼろな月がつつんでくれた。

「下里美恵子集」
自註現代俳句シリーズ一一(四九)

四月五日
あかうらさくらだい和田順子

明石魚棚。鯛も蛸も穴子もなんでも大きい。

「和田順子集」
自註現代俳句シリーズ一一(一五)

四月四日清明
かれなだいわにかがまり鹿小林愛子

熊野灘を過ぎ枯木灘に差し掛かった時目にした。しぶきを浴びて黙々と作業をしている女性の姿があった。

「小林愛子集」
自註現代俳句シリーズ一二(二二)

四月三日
半分はんぶん半分はんぶんくさもち大石悦子

何を摂ってもよかったが、量は極端に減った。小さなおむすびを作り、庭の蒲公英や蓬をおひたしにするなど、ままごとのようなことで養生した。

「大石悦子集」
自註現代俳句シリーズ一一(五九)

四月二日
かぜちて喝采かっさいのごとはなぶし松本澄江

渋谷の駅前通りに辛夷の並木が出来、風の日は掌が喝采しているように見える。掲句、句集出版の人の祝句とした。

「松本澄江集」
自註現代俳句シリーズ六(二九)

四月一日
がつ馬鹿ばかしつぎょうあてふところに山崎寥村

この年、小学校卒業後、現役兵、再度の召集公職追放の期間を除き三十二年間、生涯の職とした農業協同組合を退職、失業保険を貰う身となる。

「山崎寥村集」
自註現代俳句シリーズ六( 三五)

三月三十一日
ひばりゆうはかかおがあり石原舟月

空にひばりのこえがする。墓には夕日がさしている。墓にもそれぞれ顔があるものだ。その前に佇つ人の顔に似て。

「石原舟月集」
自註現代俳句シリーズ二( 三)

三月三十日
のこかもかもこゑをかわしけり小林俊彦

上空に輪をつくって飛翔する鴨の一団とこれを見送る池の鴨。会者定離という言葉が頭をよぎった。

「小林俊彦集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 三八)

三月二十九日
たか雲雀ひばりたいかぜぬぐ泉 紫像

白山を源にする石川県一の大河手取川の堤も絶好の吟行地だった。

「泉 紫像集」
自註現代俳句シリーズ一一( 二)

三月二十八日
きゅうかぜにまぎれぬまつこえ山仲英子

三月二十八日は、千利休の忌日。中七の〈風にまぎれぬ〉に、利休の人間像を重ねた。

「山仲英子集」
自註現代俳句シリーズ八( 二四)

三月二十七日
タンポポのわたびゃっ白日はくじつ内田園生

軽井沢にて。タンポポの純白の冠毛の球がほどけて散り空中に浮かぶ絮は幻想的。繁殖力旺盛なため、アメリカやカナダでは不精の証拠とされるが・・・。

「内田園生集」
自註現代俳句シリーズ八( 一二)

三月二十六日
春芝はるしば漱石そうせききょ阪本謙二

松山東高校の前身は「松山中学校」だ。明教館はその名残の建物。国語教師として十六年間勤めた。その間、九千人が卒業した。芝は懐かしい。

「阪本謙二集」
自註現代俳句シリーズ八( 四)

三月二十五日
捨窯すてがまうえてられくきてる森田 峠

「窯」とは陶窯の炭窯もある。いずれにせよ窯が今は使われなくなって、その上に抜き捨てられた野菜が、茎立を見せているという。「捨」の字を二度重ねて哀れさを強めるという手法である。見捨てられたものに対する作者の憐憫の情が感じられる。( 恩地景子)

 
「森田 峠集」 脚註名句シリーズ二( 一一)

三月二十四日
かたかたとばしわたればしじみむら成田千空

津軽平野を潤して北に流れる岩木川は十三湖から日本海に出る。その水戸口にかかる木橋は途中ゆるやかなカーブがあり、車が通るたびかたかた鳴る。中世、十三湊は三津七湊に数えられるほど繁栄、が今は衰退して十三蜆のとれる村として名が残る。( 新谷ひろし)

 
「成田千空集」 脚註名句シリーズニ(七)

三月二十三日
おち椿つばきおとなきことをらいとす松永浮堂

落椿を見つめているうちに、不思議なフレーズが浮かんできた。全力で俳句を作ろうとするとき、思いがけない言葉が生まれる。

「松永浮堂集」
自註現代俳句シリーズ一二( 六)

三月二十二日
そつぎょうやかくてみじか半世はんせい水原春郎

早くも卒業五十年となり、集まったみんな元気な顔、顔。戦争をはさんでの大学時代だけに感激も一入。過ぎてみれば早い五十年だった。

「水原春郎集」
自註現代俳句シリーズ一一( 六七)

三月二十一日
川下かわしも望校ぼうこうあり合格ごうかく前野雅生

わが家の近くの川の一キロ下流が娘の中学、その数キロ下流、大宮市に入ってすぐのところに志望した高校。水の流れのようにすんなり合格した。

「前野雅生集」
自註現代俳句シリーズ八( 四九)

三月二十日春分
つままたはなひきしがんかな小圷健水

家には仏壇がある。彼岸ということで出先から花を買って来たら妻も買って来ていた。今のように携帯電話があればこんな事には。まあいいか。

「小圷健水集」
自註現代俳句シリーズ一二( 三八)

三月十九日
にはとりのちらばつてをりはだれゆき鈴木厚子

斑雪の田へ鶏が放たれていた。

「鈴木厚子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 五三)

三月十八日
けんどうがわよりくわをほどきけり安食彰彦

戦時中、国民学校では桑剝ぎが授業であった。鎌と弁当を腰に括りつけ裸足で登校していた。服や短靴は学校で配給されたがあたらなかった。

「安食彰彦集」
自註現代俳句シリーズ一一( 一七)