今日の一句

三月二日
ひつするむかしありけり雛飾ひなかざ大屋達治

輔弼とは、天子の政治を扶けること。明治憲法下では、事を進言・奏請した大臣が全責任を負った。左大臣・右大臣も雛壇に座っていられない。

「大屋達治集」
自註現代俳句シリーズ一一(六五)

三月一日
流氷りゅうひょうもまた旅人たびびと独感どくかん源 鬼彦

村上護氏が北海道新聞の「うた暦」で評を加えてくださった俳句。流氷に旅人の心を思っての俳句である。この年宗谷湾は流氷に被われる。

「源 鬼彦集」
自註現代俳句シリーズ一一(四四)

二月二十九日
おとこ坂一ざかいっのぼ受験じゅけん絵馬えま水原春郎

湯島天神の絵馬を頂きに、一休みもせず一気に登れたのだ。孫達五人の受験絵馬、よくぞ行ったものだ。

「水原春郎集」
自註現代俳句シリーズ一一(六七)

二月二十八日
さめぎはのゆめなまなましはるゆき高島筍雄

四高同期のIと争った夢を見た。起床前の浅い眠りだったが、醒めて後も胸が重かった。

「高島筍雄集」
自註現代俳句シリーズ四(三〇)

二月二十七日
碧眼へきがんそう如月きさらぎみず加古宗也

福井県の小浜市の名刹・発心寺での作。平成2年の作で。この当時には多くの外国人の雲水が修行していた。アメリカの青年だった。

加古宗也  平成二年作

二月二十六日
はるゆきかぶとぶかたり石原舟月

二・二六事件の兵士たちが、九段の坂下で敵味方で対峙している時の姿である。するどい瞳のかがやきに、急変する時局の相がのぞかれた。

「石原舟月集」
自註現代俳句シリーズ二(三)

二月二十五日
このしろはラインのまもみずぬるむ山口梅太郎

前作と同じ時の句。ドイツ・デュッセルドルフ近郊のライン河畔での作。春はまだ始まったばかり、薄く濁った水が滔々と流れていた。

「山口梅太郎集」
自註現代俳句シリーズ一三(一三)

二月二十四日
きさらぎのみちすぐやみね角谷昌子
山梨の山荘の近くには、日本三大桜の一つ、神代桜がある。山荘の前の真原さねはらの桜並木は、甲斐駒ケ岳に向かって真っすぐに伸びる。桜と嶺々の色彩の饗宴が待ち遠しい。

角谷昌子

二月二十三日
うみ空同そらおないろしてわかじる西池みどり

徳島から海岸線を通って香川県へ。途中、「びんび屋」で魚料理をいただく。どの料理にもついてくる大きなお椀には若布がたっぷり。

「西池みどり集」
自註現代俳句シリーズ一三(五)

二月二十二日
春一番はるいちばんばんとつづきしゅうおわ杉本 寛

春を呼ぶ風は気まぐれ。この年は立て続けに強い南風が吹き、春四番まで数えた。一週間に二回も見舞われると、わが荒庭は一大異変出来しゅったいとなる。

「杉本 寛集」
自註現代俳句シリーズ六(九)

二月二十一日
きさらぎやこうちゅうくらおきなめん太田寛郎

如月という季節は、まだ冬の暗さをひきずってはいるが、春の方にとびだしていることは確か。

「太田寛郎集」
自註現代俳句シリーズ九(八)

二月二十日
地震ないひとつありてれたり鳴雪めいせつ福神規子

地震があった日はたまたま鳴雪の忌日二月二十日。双方になんの因果関係もないが、顎鬚を生やした鳴雪の風貌と共に時代の流れを感じた。

「福神規子集」
自註現代俳句シリーズ一一(四七)

二月十九日雨水
山水さんすい残心ざんしんうめしろ櫛原希伊子

春の訪れで山の水も豊かになってくる。そちこちに春のよろこび。野梅明りも嬉しい。

「櫛原希伊子集」
自註現代俳句シリーズ九(三八)

二月十八日
そうしゅんていとびらいてをり川口 襄

長野県の諏訪湖は公魚で有名だが、時折ボートの練習を見ることが出来る。春を待ちかねて今朝は艇庫が開かれ、既にボートは運び出されていた。

「川口 襄集」
自註現代俳句シリーズ一二(九)

二月十七日
冴返さえかえるすまじきもののなかこい鈴木真砂女

「すまじきものは宮仕え」というが、その中に恋もあるという。人を悲します恋は、わが身を削って苦しみ悲しまねばならない。真砂女は胸を張って言う。「いい恋ではないが、恋をしたことに誇りを持っている」と。「冴返る」のうまさ。(程子)

 
「鈴木真砂女集」  脚註名句シリーズ二(四)

二月十六日
くらがりにはるのはじめのきゃく佐野美智

空路八丈島に着いたら、まず新鮮な土の香がした。付近の植物園の客土の香だった。溶岩の多いこの島の飢饉の歴史をたちまち思い出させられた。

「佐野美智集」
自註現代俳句シリーズ四(二四)

二月十五日
きそとまれたるきにけり
加藤三七子

「春日野は今日はな焼きそわかくさのつまもこもれりわれもこもれり」と古今集に詠まれた野は、そのころの男女のデートの場であったという。

「加藤三七子集」
自註現代俳句シリーズ三(一〇)

二月十四日
そうしゅんたまゑし瓦斯ガスタンク岡田貞峰

練馬の波郷邸付近で。近代建造物のフォルムを、俳句の中に息づかせる方法を模索。

「岡田貞峰集」
自註現代俳句シリーズ四(一四)

二月十三日
あかあかとせいまれねここい三田きえ子

星が赤く点っていた。地上の闇の中では猫の声が凄まじい。

「三田きえ子集」
自註現代俳句シリーズ七(一四)

二月十二日
あしきの音骨おとぼねつるむらかな成田千空

岩木川の中流域には葦原が拡がり、雁や鷹の渡りを仰ぐことが出来る。その葦焼きの凄さは想像に難くない。凶々しい声をいう音骨という言葉で原始的な火の音を表現。〈葦焼きの紅蓮六道焼くばかり〉と〈枯葦の燃ゆるにまかせ北へ河〉が並ぶ。(北島大果)

 
「成田千空集」 脚註名句シリーズ二(七)

二月十一日
はなひとひとあし大竹きみ江

摂津高槻の鵜殿の芦焼が復活した。村八十戸総出で淀川べりの大枯芦を焼く壮観さである。土堤には消防車も待機。怖くもあり美しくもある。

「大竹きみ江集」
自註現代俳句シリーズ三(八)

二月十日
まゆまで野火のびほこりのありにけり中川忠治

私の眉毛を見て長寿眉といわれることがある。数本長い毛があり、白毛になっても変わらない。人の顔を見ると、どうしても眉毛に目が向く。

「中川忠治集」
自註現代俳句シリーズ九(四五)

二月九日
えかへりえかへりつついらへなし
立半青紹

この季節のしんかんとした空気が好きである。

「立半青紹集」
自註現代俳句シリーズ一〇(四七)

二月八日
はりようすぎすぎのいとらし小川斉東語

近くに和裁を業とする婦人が住んでいた。弟子も十数名いて一緒に仕事をしていた。赤・黄・黒・白などの糸を垂らした針が豆腐にささっていた。

「小川斉東語集」
自註現代俳句シリーズ六(八)

二月七日
りん梅青年僧うめせいねんそうせつ山口超心鬼

随筆家駒敏郎氏を訪れての帰り。駒氏の家に近い、与謝野晶子がよく遊びに来たという池の畔。永観堂の梅が匂っていた。

「山口超心鬼集」
自註現代俳句シリーズ九(一九)

二月六日
うかれねこほろほろどりをないがしろ堀 磯路

形も大きさも鶏に似ていながら、ほろほろ鳥とは儚い名である。恋猫はほろほろ鳥を無視して騒いでいる。

「堀 磯路集」
自註現代俳句シリーズ五(五二)

二月五日
かんおんさつまえふきとう梅田愛子

大船観音で詠んだ句である。観音様へ行く山道で蕗の薹を見つけた。見あげると白衣観音のやさしいお顔があった。

「梅田愛子集」
自註現代俳句シリーズ一一(三九)

二月四日立春
りんちゅうひととほすはる鈴木節子

寒さはまだまだ厳しいが、こころもちは明るい立春。日差しも又、気のせいか輝いているかのようだ。林の中に散歩する人も見える。

「鈴木節子集」
自註現代俳句シリーズ九(三六)

二月三日
延山号桝のぶさんごうます烙印鬼らくいんおにやらひ志村さゝを

日蓮宗総本山。見延山久遠寺節分会に年男を仕る。年の豆を入れた桝には「身延山」と深く烙印が押されていた。〈年の豆撒くや人波うち返す〉

「志村さゝを集」
自註現代俳句シリーズ七(八)

二月二日
梅白うめしろ聖山せいざんをいまもなほ原田かほる

三十万坪にも上る玉川学園の用地。そこは緩傾斜をなす丘陵。そのなかの高い丘が聖山。田尾一一先生から校歌の歌詞を渡された岡本敏明先生。

「原田かほる集」
自註現代俳句シリーズ一一(二四)