今日の一句

八月十八日
新涼の貴船の朝茶川床に点つ藪内柴火

旅吟のときいつも茶道具を持ってきてくれる友がいた。涼しい風のそよぐ川床で山水で点てた茶をのむのは俳句ならではの醍醐味である。

「 藪内柴火集」
自註現代俳句シリーズ六( 二)

八月十七日
草の名に鳥やけものや川施餓鬼青木重行

草の名には本当に色々の鳥獣の名がつけられている。川施餓鬼に対する子供への手向け花も種々の草花に限る。

「 青木重行集」
自註現代俳句シリーズ九( 三)

八月十六日
大文字惜む如くに燠明り廣瀬ひろし

この年は大文字を、加茂川を隔て真向いの大蔵省の保養所の二階から見ることが出来た。消える前の火の燠明りは名残を惜んでいるようであった。

「 廣瀬ひろし集」
自註現代俳句シリーズ六( 四九)

八月十五日
首に鍼打たれてをりぬ敗戦日大牧 広

< 首に鍼>が言いすぎているようだが飽くまで体験である。宇都宮靖氏がよい鑑賞をしてくれた。

「 大牧 広集」
自註現代俳句シリーズ六( 五一)

八月十四日
草市の跡りんだうの花こぼる池内けい吾

松山の繁華街の路傍。露天の盆供売りが店じまいしたあとに、竜胆の花がこぼれていた。

「 池内けい吾集」
自註現代俳句シリーズ八( 四七)

八月十三日
これ以上腰を落せぬ阿波踊延平いくと

< 爪先を内へ内へと阿波踊>女踊は優艶であるが、男踊は剽軽で、地面すれすれに踊り進んで行く。男踊と女踊の絶妙コンビ。

「 延平いくと集」
自註現代俳句シリーズ八( 二六)

八月十二日
腹当の子の生きてゐる生きてゆく岸本尚毅

赤ん坊である。今現在を元気に生きている。こののちの長い長い人生を生きてゆかねばならない。がんばれ。

「 岸本尚毅集」
自註現代俳句シリーズ一二( 二七)

八月十一日
大花火かぶり帰省の列車着く澤田早苗

夏休みの学生たち。他郷で働いている人たちが、花火の広がる下を走りこむ列車につめられて帰ってくる。

「 澤田早苗集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 一八)

八月十日
ドル札を輪ゴムで巻いて西鶴忌戸恒東人

紙幣を輪ゴムで巻くという発想は日本銀行券よりもドル札の方が似合う。

「 戸恒東人集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 九)

八月九日
供華となる花剪り尽す原爆忌朝倉和江

原爆忌の日は長崎中の花屋さんの花が売れ尽す。夏の炎天続きで花の出荷が少ない上に、みんなはらからに供える花を求めるからである。

「 朝倉和江集」
自註現代俳句シリーズ五( 二)

八月八日立秋
雑念の合掌なれど立秋忌中坪達哉

高岡市の二上山にある普羅塚に詣でて句会。雑念を払えぬままの合掌を詫びつつ。人生のための芸術としての俳句の道を、地道に歩むしかない。

「 中坪達哉集」
自註現代俳句シリーズ一二( 八)

八月七日
七夕竹惜命の文字隠れなし石田波郷

当時の療養作品を集成した句集『 惜命』は評判を得て有名になったが、この句はその書名となった作品。患者たちが七夕竹を飾る。吊した短冊の中に「 惜命」の文字が見えたのである。「 惜命」は患者らの祈りでもあり作者の心でもあった。

「 石田波郷集」
脚註名句シリーズ一( 四)

八月六日
雀らの地の夏影をひろふのみ日美清史

昭和二十年八月六日。その時も真夏の朝だった。そうつぶやきながら、この風景を見つめていた。

「 日美清史集」
自註現代俳句シリーズ七( 三一)

八月五日
炎天こそすなはち永遠の草田男忌鍵和田秞子

先生が逝かれ、炎天の何日かが過ぎ、少し心が落ち着いた時、炎天こそ先生にふさわしい、炎天は永遠に失われないと思った時、一気呵成に出来た。

「 鍵和田秞子集」
自註現代俳句シリーズ五( 一一)

八月四日
鳴く蟬の遠潮騒に似て晩夏行沢雨晴

夏も深くなると蟬声も日ましに細くなっていく。

「 行沢雨晴集」
自註現代俳句シリーズ九( 一六)

八月三日
晩涼や葛西囃子を遠く聞き二宮貢作

岩崎健一先生の深川句会は富岡区民館が会場だった。祭の近い頃、ここで句を案じていると、葛西囃子が風に乗って聞こえてきた。

「 二宮貢作集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 二二)

八月二日
泡盛を酌みて寝るのみ島酷暑向野楠葉

承前。毎日の酷暑に悩まされながらの診察は、昼餉をとるひまもなかった。夜は泡盛を酌んで、疲れを癒すのが唯一の慰めであった。

「 向野楠葉集」
自註現代俳句シリーズ五( 四〇)

八月一日
憑きもののごとくに跳ねてねぶたなり藤木俱子

主人の同級生であるNTTの吉田実氏が来青した。NTTのお揃いのねぶた衣裳を着せて頂き、少しの間跳ねた。北国のエネルギー爆発の夜である。

「 藤木俱子集」
自註現代俳句シリーズ八( 二一)

七月三十一日
ききとめし夏越祭のなかのこゑ伊藤通明

七月三十一日、筥崎八幡宮夏越祭にて。参道の雜踏のなかで、確かに覚えの声を聞いた。「聞きとめ」たことに満足しながら、近づいていった。

「 伊藤通明集」
自註現代俳句シリーズ四( 九)

七月三十日
背の高い子が蝉取りの先頭に宮崎すみ

二枚目の条件は背の高いこと。更に虫取りがうまければ言う事はない。

「 宮崎すみ集」
自註現代俳句シリーズ一二( 四)

七月二十九日
夜の秋や手熨斗にたたむ肌のもの伊藤康江

膝の上で肌着をたたんでいて、はたと昔の母の姿を思い出した。

「 伊藤康江集」
自註現代俳句シリーズ一一( 一八)

七月二十八日
くびれたるところがかたし竹婦人小原啄葉

竹婦人は抱いても足をもたせても涼しい。ただ、くびれた編目のところが少しかたかった。

「 小原啄葉集」
自註現代俳句シリーズ・続篇一九

七月二十七日
かき氷くづし栓なきことばかり立半青紹

齢と共に、ある種の諦念に身を委ねることは、至極当然のことだけど。

「 立半青紹集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 四七)

七月二十六日
校庭の納涼映画裏から見る石原 透

私の小学生の頃、こういう風景が日本にもあつた。インドでは今もこういう風景を見る。ちなみにインドは世界最大の映画製作国である。

「 石原 透集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 四九)

七月二十五日
不死男忌の万年筆に金の箍山口 速

不死男先生が愛用されていた、やや太目の万年筆を思い出す。その箍と、俳句の十七字という箍。

「 山口 速集」
自註現代俳句シリーズ六( 一六)

七月二十四日
透かし見て残り楽しむラムネかな宮津昭彦

句集を編むとき、どうしようかと思った句だったが、〈 たのしむ〉の語を得て生き返ったので句集に収めた。

「 宮津昭彦集」
自註現代俳句シリーズ・続篇八

七月二十三日大暑
書きちらしとりちらしたる大暑かな古舘曹人

物書きの唯一の楽しみは書籍や資料を部屋いっぱいに拡げて、その中心に胡坐をかいているときだ。浴衣をはだけ、裾を乱した大暑。六十二歳。

「 古舘曹人集」
自註現代俳句シリーズ・続篇一八

七月二十二日
ふと吐息洩るるごとくに滴れる村山秀雄

滴りにはリズムがある。テンポの速いもの、間をおくもの、とぎれるもの。この雫は溜息をつくように滴った。

「 村山秀雄集」
自註現代俳句シリーズ九( 二)

七月二十一日
伊勢藤の込んで来たりし夏爐かな岸田稚魚

毎月二十一日になると波郷ゆかりの、神楽坂は伊勢藤に集まる者あり。「 酒中会」と名付く。

「 岸田稚魚集」
自註現代俳句シリーズ一( 二三)

七月二十日
どぜう屋に居て廂間の風涼し瀧 春一

深川高橋のどじょう屋である。座敷の仕切りは簀戸で広々している。どじょう屋は暑いのが本当というが、廂間の風が涼しく入る場所を知った。

「 瀧 春一集」
自註現代俳句シリーズ三( 一九)