今日の一句
- 三月四日
水音淙々芽吹きうながす山の雨 福田蓼汀 雪解に山の春がはじまる。水量が増し高まり、雨が降るたびに、山の彩が変る。静から動へ急に移りはじめる。
「福田蓼汀集」
自註現代俳句シリーズ一(一三)
- 三月三日
雛の夜とつても光る星見つけ 菖蒲あや お恥しい話であるが、私も人並に雛人形は買って貰ったのだけれど、それはついに父の質草として流れてしまった。この星が私の雛人形かも知れぬ。
「菖蒲あや集」
自註現代俳句シリーズ二(一九)
- 三月二日
雛あられちよつと揺すりて飾りけり 山尾玉藻 私の為の雛人形はついに買ってもらえなかった。鴻池家から頂いた狩野何某かの雛の軸が掛けられ、私の不満は募る一方だった。
「山尾玉藻集」
自註現代俳句シリーズ一〇(三一)
- 三月一日
雛の瞳や海へ出てゆく鳥のこゑ 鳥居おさむ あの瞳は内へ向いているのか。それとも外の生命を恋うているのか。
「鳥居おさむ集」
自註現代俳句シリーズ七(三五)
- 二月二十八日
ここで今日この人降りず闇おぼろ 仲村青彦 同時刻の同車輛で見知った顔に会う。車内が混んでいたら、先に降りる人を見つけてその前の吊り革をにぎる――そんな日々の中の出来事。
「仲村青彦集」
自註現代俳句シリーズ一一(五八)
- 二月二十七日
口笛に千鳥を呼んで若布干す 町田しげき 同時作。口笛を吹きながら若布を干して居る海女、浪打ちぎわでは千鳥が遊んでいた。
「町田しげき集」
自註現代俳句シリーズ六(四二)
- 二月二十六日
雪解けの寺に結婚衣裳展 本宮哲郎 ほの暗い寺の本堂を明るくする結婚衣裳展。そのきらびやかさが春を連れてくる。
「本宮哲郎集」
自註現代俳句シリーズ一一(八)
- 二月二十五日
黒髪の紙にかぶさる大試験 藤井吉道 真摯に大試験と取り組んでいる女生徒。答案用紙に覆いかぶさるようにして答えを書いている。そのふさふさした髪が答案用紙に触れんばかり。
「藤井吉道集」
自註現代俳句シリーズ一一(二五)
- 二月二十四日
春一番死神もまた矢を放つ 古賀まり子 誰も待つ春の訪れ、春一番。だが、死神もこの春一番に乗って矢を放つ。病人は春とともに逝ってしまう。
「古賀まり子集」
自註現代俳句シリーズ四(二二)
- 二月二十三日
教室にひかりあまねき雪解かな 石田小坡 日本中、寒気は厳しかった。よく雪が降った。一筋街道のわが町並も、小田急や横浜線の丸屋根駅舎も、新制中学の木造校舎にも――。
「石田小坡集」
自註現代俳句シリーズ六(五二)
- 二月二十二日
今日はよく猫を見るなり風生忌 藤沢樹村 猫を可愛がられた風生先生の忌日は、二月二十二日。「にゃーにゃーにゃー」と覚えている。この日、野良猫を何度も見た。
「藤沢樹村集」
自註現代俳句シリーズ一一(四一)
- 二月二十一日
生駒山見ゆ町裏の畦焼く火 高木良多 西大寺、秋篠寺をみての帰途。細見綾子先生の「畦焼きの火色天女の裳に残る」の句を想い出していた。
「高木良多集」
自註現代俳句シリーズ五(四四)
- 二月二十日
梅咲いて大きな犬にさはりたし 小川軽舟 近くの梅林に散歩に行くと、犬を散歩させる人が行き交う。機嫌のよさそうな犬を見るのは好きだが、人の犬をさわるほど図々しくはない。
小川軽舟 句集『無辺』 二〇一八年作
- 二月十九日雨水
梅林の中にゐてたゞ一枝描く 森田 峠 さらっと詠まれているようだが、この句の中七「中にゐてたゞ」という表現は簡単に出来るものではない。「複雑に絡まるように咲き競う梅林の中にいるにも関わらず、画家はただ一本の梅の枝を凝視して写生しているのだ」ということになるのだろう。(森田純一郎)
「森田 峠集」 脚註名句シリーズ二(一一)
- 二月十八日
春呼べり鳳凰舞の羽根の音 栗田やすし 谷汲の武者踊は二月十八日。四米近い竹製の鳳凰の羽根を背負い、胸には大太鼓を抱えて勇壮に舞う。羽根の擦れ合う音にもう春が近いと感じた。
「栗田やすし集」
自註現代俳句シリーズ九(一四)
- 二月十七日
春冷えの篁展く狐川 松本 旭 「この目指すもの」(俳誌月評)執筆のため、「俳句」の渡辺寛と境川村へ。龍太氏と五、六時間話し合う。帰りに、黒文字の苗を掘ってもらった。
「松本 旭集」
自註現代俳句シリーズ四(四六)
- 二月十六日
うすらひの閉ぢしうたかた平泉 角谷昌子
平泉の中尊寺金色堂の仏像を拝し、近くの池に歩み寄ると、柔らかい日差しの中、薄氷にいくつもの泡が透けて見えた。藤原三代の栄枯盛衰の歴史がにわかによみがえった。角谷昌子 『地下水脈』H25・9
- 二月十五日
火を追うてのぼる高張お山焼 下村非文 大陸から日本に帰りあこがれの大和に旅して、若草山のお山焼の美しい火の祭に心が打たれた。高張は山焼の火を看まもるものか。
「下村非文集」
自註現代俳句シリーズ三(一八)
- 二月十四日
軋む戸に一冬はゆく妓王の忌 鳥羽とほる 毎日北風を浴びて緩んだ枝折戸、軋みつづけて一冬が去ってゆく。悲愁の生涯を閉じた妓王、きょうは如月十四日だ。
「鳥羽とほる集」
自註現代俳句シリーズ三(二三)
- 二月十三日
壺に真白降雪前に剪りし梅 野澤節子
蕾の梅の枝を剪って壺に活けたのが、ふっくらとほころび、やがて満開となった。白梅である。戸外には、降り出した雪が積もっている。あたかも梅の白が雪を誘ったかのようであると、天地の照合を讃える。「濱」五月号に十五句「梅真白」を発表。
「野澤節子集」 脚註名句シリーズ二(六)
- 二月十二日
火の山へ荒星帰る猫の恋 橋本榮治 御嶽山を拝しての作。風土や自然が変わっても、人間を含めた地球上の生きものの習性はそれほど変わらないもの、と妙に納得した覚えがある。
「橋本榮治集」
自註現代俳句シリーズ一二(四〇)
- 二月十一日
風向きの変りて起舟前夜かな 千田一路 二月十一日、浦々で起舟祭が行われる。この時季は特に天候が変り易い。老漁夫が、風の正確な方向を音ですぐ当てた。
「千田一路集」
自註現代俳句シリーズ九(一)
- 二月十日
うぐひすや名もなく川のはじまれる しなだしん 『隼の胸』刊行後、ウェブ「増俳」で清水哲男氏に鑑賞頂き、土肥あき子氏「けさの一句」(平成十八年二月十日)に取り上げて頂いた。
「しなだしん集」
自註現代俳句シリーズ一三(二六)
- 二月九日
阿蘇一望野火は天へと蜂起せり 石崎宏子 高台から見下ろした阿蘇草原の野焼は、また違った景色。あちこちで狼煙のように煙が上がり、炎が天へ伸びた。
「石崎宏子集」
自註現代俳句シリーズ一三(六)
- 二月八日
梅千本紅白海へなだれ咲く 高橋悦男 熱海梅園。ここの梅は三百本ほどだが、それでは句にならない。梅園は各所にあるが、ここの梅園が私は一番好きだ。
「高橋悦男集」
自註現代俳句シリーズ一一(三五)
- 二月七日
梅一輪かをる小部屋に筆を執る 町 春草 庭に紅梅白梅の古木を植えて貰って、もう三十年近くになる。きびしさに耐え咲きつづける花の姿に勇気づけられてきた。香もまたすがすがしい。
「町 春草集」
自註現代俳句シリーズ六(二七)
- 二月六日
日の涯より風となる末黒葦 千代田葛彦 末黒葦はわたしの造語だと思うが無理はあるまい。落日の余燼からおこる西風に、焼け残りの葦の茎たちがおののくのだ。
「千代田葛彦集」
自註現代俳句シリーズ二(二五)
- 二月五日
麦踏の背のまま家に戻り来し 柏原眠雨 農家の屋敷に入っていく男の姿が、まるで麦踏をしているように見えた。案の定、近くに芽の出た麦畑があり、麦踏をして来たなと思った。
「柏原眠雨集」
自註現代俳句シリーズ一一(六六)
- 二月四日立春
立春の米屋の米の山と川 辻田克巳 米屋の大きな米唐櫃には米がいっぱいはいっていて、箱庭のように高い処や低い処があり所々掬った跡が川になっていたりした。時や立春。
「辻田克巳集」
自註現代俳句シリーズ五(二二)
- 二月三日
豆を撒く声のとどかぬところまで 長棟光山子 お寺さんから「立春大吉」のお札が届いている。明日は立春だ。ありったけの部屋を明るくして、大きな声で豆を撒いた。
「長棟光山子集」
自註現代俳句シリーズ一一(五二)
