今日の一句

六月二十五日
どくだみのおおきくれてふうとは小島千架子

白い十字花弁の浮き出す夕暮れが好きだ。夫婦とはと問い掛けてみたが、いまだに答はない。

「小島千架子集」
自註現代俳句シリーズ六( 四五)

六月二十四日
くり花古はなふる使つかはぬ乳母うばぐるま神原栄二

子育てには乳母車は必要なもの。成長すると不要で、次の子供?にと大事に物置に仕舞っておくが、誰かにやるにも錆びて使いものにならない。

「神原栄二集」
自註現代俳句シリーズ六( 二八)

六月二十三日
老人ろうじんにあつてよきものはえたたき長棟光山子

近ごろ蚊も蠅もほとんどいなくなった。それにしたがって蠅叩きも必要がなくなった。でも...。

「長棟光山子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 五二)

六月二十二日
なめくぢのしつぱなしのもの小林鹿郎

ふしぎな風景。なめくじは魔性。

「小林鹿郎集」
自註現代俳句シリーズ六( 二二)

六月二十一日夏至
かつおぶねあらりのあとの路地ろじ大岳水一路

鰹の基地、薩摩半島南端の山川港の路地である。激しい雨が青い潮を叩き町を洗ったあと、からりと青空が広がり空気が澄みわたる。

「大岳水一路集」
自註現代俳句シリーズ六( 四四)

六月二十日
ちちのパチンコにゐる父同ちちどう堀 磯路

パチンコ玉を弾いているのは家にいても所在ない父の日である。母の日ほど晴れやかではない父の日は、忘れられることもある。

「堀 磯路集」
自註現代俳句シリーズ五( 五二)

六月十九日
きょじつのにがきせいしゅんくさ矢嚙やか森田かずや

純粋に生きていた青春時代を振り返ってみると、世の中は真実ばかりではないことに気付いた。虚の中にも青春はあった。にがい体験と回り道...。

「森田かずや集」
自註現代俳句シリーズ八( 二〇)

六月十八日
長持ながもちてもならずとかきはな藤本安騎生

立派な長持が縁先の隅に置かれていた。川上村は後南朝ゆかりの地で、今も「お朝拝式」が筋目衆によって行われている。

「藤本安騎生集」
自註現代俳句シリーズ八( 一六)

六月十七日
あら梅雨づゆちょう礼台れいだいへんかな河野邦子

校庭の排水は大事な学校運営の一つ。ことに梅雨時は気になる。見事とも言っていられない。水深小学校。

「河野邦子集」
自註現代俳句シリーズ九( 三二)

六月十六日
みぎせきむればみぎ梅雨景つゆげしき中尾杏子

特急かもめ号、福岡まで二時間。右に座れば有明海、左は山がかり。どちらも茫々たる梅雨の中。福岡句会へときどき通う。

「中尾杏子集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 一五)

六月十五日
まちよりもうみのあかるきはくかな坂本宮尾

本格的な白夜は北欧のものかもしれない。しかし、イギリスの緯度はサハリンと同じくらいで、夏はいつまでも薄明るい。

「坂本宮尾集」
自註現代俳句シリーズ一二( 四六)

六月十四日
をとりて梅雨つゆろうあるかせて清崎敏郎

妻はバレリーナであった。結婚して間もなく舞台でアキレス腱を切り、一ヵ月の入院生活を送った。ようやく歩けるようになった妻の手をとり病院の廊下で歩行練習をしたのであろう。花鳥諷詠の多い中で「妻」の句は希少な一句である。

「清崎敏郎集」
脚註名句シリーズ二( 二)

六月十三日
だか一年生いちねんせいたんじょう深見けん二

孫の勇も一年生となり、誕生祝のカードに書いた句。次の子も男の子で、翔、三つ違いである。

「深見けん二集」
自註現代俳句シリーズ続編( 二〇)

六月十二日
におおやみななかにゐる水原秋櫻子

石神井の三宝寺池にて、珍しい写生句。祖父は、家庭内の事はすべて妻に任せ、細かい口出しは一切しなかった。しかし心の中で、家族の事を人一倍案じていた事は、今になってよくわかる。我々は皆祖父の大きな翼の中に守られて、安心して泳いでいた鳰の子である。

 
「水原秋櫻子集」 脚註名句シリーズ一( 一五)

六月十一日
めてあめめて又雨明易またあめあけやす土山紫牛

大和の壷坂寺に一泊してほととぎすを聞く会があった。恰も梅雨どきで終夜烈しい雨が降った。旅の寝は浅く目覚めがちのまま明易かった。

「土山紫牛集」
自註現代俳句シリーズ四( 三四)

六月十日
眼光がんこうにうがちむのみありごく赤松蕙子

さめた眼で蟻地獄を見おろしている。だからかえって眼光、であり穿ち、である。意志とは別に、眼だけが勝手に槍になっているようだ。

「赤松蕙子集」
自註現代俳句シリーズ三( 一)

六月九日
ほたる籠二かごふつみっぎにけり星野麥丘人

何も言わぬこと。言ったら負け。

「星野麥丘人集」
自註現代俳句シリーズ続編( 一二)

六月八日
つみばつ十字架くるすあおげば梅雨凝つゆこりて佐野まもる

罪と罰を背負うものが仰げば、信仰を象徴する十字架も梅雨空に唯々暗かった。憐みを越えた痛みのにじみでる印象の強い景であった。

「佐野まもる集」
自註現代俳句シリーズ三( 一六)

六月七日
いかにしてもみずやぶれずみずすまし西本一都

月並とまでは堕せずやっとのこと踏みとどまっている句。こういう句に限って感心してくれる人が多いものでこれも俳句の一面であるかも知れぬ。

「西本一都集」
自註現代俳句シリーズ二( 二九)

六月六日
紫陽花あじさいこいらぬのうすみどり林 翔

あじさいの花の色は七変化をするというが、薄緑色の時は、人間で言えば少年期。まだ恋を知らないようなういういしさだ。

「林 翔集」
自註現代俳句シリーズ三( 二六)

六月五日芒種
きしででむしうずをなさぬあり角田拾翠

一年生の教室で、蝸牛の観察のあと、それを絵に描かせていた。中には渦巻をなさずに、大小の丸を重ねるだけのもあって、ほほえましかった。

「角田拾翠集」
自註現代俳句シリーズ四( 二九)

六月四日
さなぶりの酔眼すいがんこぼれめしひろふ三浦恒礼子

田植が終ると、さなぶりの祝宴を張る。したたかに酔った老主が、その節高い手でこぼれた飯を拾っている。素朴さ。

「三浦恒礼子集」
自註現代俳句シリーズ四( 四七)

六月三日
こぼさじとのひらにぐゆすらうめ藤沢樹村

調布にいたとき母が植えた山桜桃の木を、八王子の今の家に移植した。実が成ると仏壇に供える。あとは鵯が来てよろこんで食べる。

「藤沢樹村集」
自註現代俳句シリーズ一一( 四一)

六月二日
たけうるじゅうゆるうらまど能村登四郎

同人句会に出句するためつくった句。席題のように「竹植うる」という季題を頭にうかべて作った。

「能村登四郎集」
自註現代俳句シリーズ二( 三〇)

六月一日
平成へいせいとあらたまりでん多賀谷榮一

新しい世代となりかわり半年。進展殊のほかめざましい電波の日を迎えた。

「多賀谷榮一集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 二七)

五月三十一日
忍冬すいかずら乙女おとめもりきた堀口星眠

五月末ごろ、忍冬の咲く森に、自転車や、徒歩の少女たちが、急にふえてくる。都会から、自然にあこがれてくる。

「堀口星眠集」
自註現代俳句シリーズ二( 三五)

五月三十日
あしもとにとりのあそべるふくろかけ小原啄葉

初夏の木洩れ日を浴びながら、林檎園の袋掛。足もとで四、五匹の鶏が餌をさがしている。山裾の果樹園。

「小原啄葉集」
自註現代俳句シリーズ四( 一六)

五月二十九日
多佳子忌たかこきやおほかたの竹皮たけかわ神蔵 器

竹の子句会、王禅寺での作。静寂の中で季節の移り変り、人の変転を思っていると、多佳子の人生が急に大きく頭に浮んだ。五月二十九日。

「神蔵 器集」
自註現代俳句シリーズ四( 一九)

五月二十八日
むかしをところうれず業平なりひら戸垣東人

在原業平の晩年はそれほどはかばかしいものではなかった。元慶四年( 八八〇年)五月二十八日、五十六歳で亡くなった。

「戸垣東人集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 九)

五月二十七日
ころもへしあとかゆめおんなどち山上樹実雄

竹下夢二の生家が郷土美術館として保存され幾つかの夢二式美人画も展示。薄物を身に愁を含んで夢をみるような大きな眼が何かを訴えている。

「山上樹実雄集」
自註現代俳句シリーズ五( 五五)