今日の一句

十二月四日
ここよりは一人ひとり忘年会帰ぼうねんかいがえ池田啓三

何人かで集まって賑わった忘年会の帰路。次第に仲間も減り、最後は一人だけとなったのが、思いの外、淋しくもあった。

「池田啓三集」
自註現代俳句シリーズ一三( 二)

十二月三日
廃校はいこう下駄げたばこふゆぬくし稲田眸子

筆者の通った小学校は、愛媛県越智郡大三島町立岡山小学校。廃校となって久しい。母校の玄関に立っていたトーテムポールが無性に懐かしい。

「稲田眸子集」
自註現代俳句シリーズ一三( 一五)

十二月二日
枇杷びわはなゆるやかにときくるひをり岸田稚魚

時間はその刻々を狂うことなく正確にきざむ。しかし人間の思惟の中では時には狂うこともある。「枇杷の花」はモンタージュである。

「岸田稚魚集」
自註現代俳句シリーズ一( 二三)

十二月一日
がらし江戸えどばや本牧亭ほんもくてい小林俊彦

落語が好きで寄席に足を運ぶことがある。江戸の文化は奥深く興味が尽きない。

「小林俊彦集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 三八)

十一月三十日
石蕗つわわたただよふ日差ひざ注連しめつく藪内柴火

白川では十一月末位から家々で注連を作る。若い者は働きに出ているため、大方は年寄りである。とある家の庭に筵を敷いて注連を綯っていた。

「藪内柴火集」
自註現代俳句シリーズ六( 二)

十一月二十九日
ダムの冬山伐採ふゆやまばっさいみず阿部幽水

かつては森林王国を云われた大滝村。戦中、戦後の伐採により涸渇した冬の川水はダムの堤を越えることはない。

「阿部幽水集」
自註現代俳句シリーズ八( 三一)

十一月二十八日
竹林ちくりんみちづたひにうつたひめ河北斜陽

京都嵯峨野で心休まるのは竹林のつづきであり、その深い味わいは冬にある。冬の女神のうつた姫は小径づたいに訪れて来る。

「河北斜陽集」
自註現代俳句シリーズ六( 五)

十一月二十七日
志士ししたちのこころにふれておち葉踏ばふ福本鯨洋

天誅の志士が幽閉されたという倉がある。老樹の桜がその上を覆っている。忠誠心を歌った血書の柱などがあり、その心を偲んでしばしたたずんだ。

「福本鯨洋集」
自註現代俳句シリーズ三( 三〇)

十一月二十六日
たまさかの声悠容こえゆうようふゆたがや雨宮昌吉

行きずりに聞いた耕人の太く低い胴間声に百姓そのものの音声を感じた。ゆっくりした、したたかな、これぞ先祖伝承の声韻なのであろう。

「雨宮昌吉集」
自註現代俳句シリーズ四( 三)

十一月二十五日
蝦夷えぞはるかじゅう一月いちがつきたみさき飯塚田鶴子

北風の吹きつける荒涼とした龍飛岬の小高い処に立って、はるか蝦夷を望んだ。十一月とはいえ、北岬は既に冬さ中のきびしさであった。

「飯塚田鶴子集」
自註現代俳句シリーズ七( 一〇)

十一月二十四日
はるなわひゃくかぞへけり山崎ひさを

深川春嶺会百回記念の時の作。岩崎健一さん指導。今谷暢子さん幹事の句会であった。継続開催に対する敬意と祝意をこめて、当日出句した。

「山崎ひさを集」
自註現代俳句シリーズ・続編四

十一月二十三日
ははやまにゆくはるかな成田千空

岩木山麓のホームに夫人の母堂が入所していた。吟行の折、千空はそこへ案内してくれた。明治三十四年生まれでその時は九十二歳。凛としたオーラがあり、私たちとはにかみながら握手を交わした姿が忘れ難い。百二歳で他界するまで千空は通う。(敦賀恵子)

 
「成田千空集」 脚註名句シリーズ二( 七)

十一月二十二日小雪
きょう月光げっこう石蕗つわにとどこほり伊東宏晃

波郷作品に憧憬していた私は、その訃報を聞き痛恨の思いを深くした。その思いが石蕗にさす月光に凝縮したのである。

「伊東宏晃集」
自註現代俳句シリーズ九( 一〇)

十一月二十一日
やまかげのただよへばこんきょう山上樹実雄

私の「馬酔木」入門の頃、復帰後の波郷新作に毎月会える幸せがあった。『胸形変』は私の手にした最初の句集。紺は波郷の色。

「山上樹実雄集」
自註現代俳句シリーズ五( 五五)

十一月二十日
嵯峨野さがのへの道暗どうくらきやふゆ紅葉もみじ小川濤美子

近くの道から嵯峨野へ通ずると聞いた。そこは紅葉にかこまれたうす暗い小道だった。

「小川濤美子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 五七)

十一月十九日
いき甲斐がいはこれからのことがみ下村非文

職が変って第三の人生がはじまる。これからこそ生甲斐のある本当の人生を味わいたいと、心の底から木の葉髪の身に願うのである。

「下村非文集」
自註現代俳句シリーズ三( 一八)

十一月十八日
がらし片隅かたすみしょうさし岡澤康司

台所の片隅に置かれている醬油差。だがこんなささやかな物でも毎日欠かせぬものと認識を新にした。

「岡澤康司集」
自註現代俳句シリーズ七( 三三)

十一月十七日
ひょうさつきねなにがし花八はなやつ福神規子

表札に「杵屋○○○」と書かれた小さな門があった。八手の花隠れのその表札をちらっと見て通り過ぎた。「杵屋」の続きは思い出せなかった。

「福神規子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 四七)

十一月十六日
たん火責ひぜめといふをうつくしく村山秀雄

狩みちのく大会の須賀川牡丹焚火にて。太古の闇の中で火はどんなに美しかったことだろう。火は今も同じ。

「村山秀雄集」
自註現代俳句シリーズ九( 二)

十一月十五日
わかかりししょういぬしちさん相馬遷子

明治四十一年生まれの作者には、かつて、昭和という年号は若い存在だった。いまは自分も老人になり、昭和も老年になったと思う。新しい世代の七五三の姿が眼に映る。七五三の句としては出色の名句と私は思う。昭和と七五三の語の照応も見事だ。

 
「相馬遷子集」 脚註名句シリーズ一( 一〇)

十一月十四日
じゅう婆山門ばばさんもんこしばす町田しげき

鎌倉光明寺十夜法要吟行。十夜とは、浄土宗の寺寺で行う十日十夜の念仏法要で、その夜半信徒に給する粥が十夜粥である。

「町田しげき集」
自註現代俳句シリーズ六( 四二)

十一月十三日
石蕗つわはなつきしてをるなたかな清崎敏郎

作者のすまいは海に近く、土質が合うのか石蕗の花がかなり沢山咲いていた。そんな石蕗の花を見ていて、ふと浮かんだ写生句である。後年、〈石蕗咲くや心魅かるる人とゐて〉という句も詠まれている。こちらは抒情的な取り合わせの句。(寺島美園)

 
「清崎敏郎集」 脚註名句シリーズ二( 二)

十一月十二日
はつしぐれみちはすぐにやまみち落合水尾

相馬、原の町。山に入って摩崖仏にお参りする。山の空の挨拶のような初しぐれ。心も細やかになる。

「落合水尾集」
自註現代俳句シリーズ六( 三四)

十一月十一日
神旅かみたびつばさととのふあかねくも伊藤てい子

十一月は神の旅、夕茜に染る空の薄い雲は羽のように、神を乗せて出雲への旅の用意の翼とも思える。

「伊藤てい子集」
自註現代俳句シリーズ七( 二八)

十一月十日
ただにじゅう一月いちがつあお柘榴ざくろ伊藤通明

柘榴の実の多くが熟れて裂けてゆくなかで、未熟のまま青く垂れている実が目についた。全く無用の「十一月の青柘榴」。てらてらと照っている。

「伊藤通明集」
自註現代俳句シリーズ四( 九)

十一月九日
レクイエムながじゅう一月いちがつたる佐久間慧子

十一月はカトリックでは死者の月。母を亡くして間のない私、聖堂で皆さんのうたわれるレクイエムをただ聴いていた。

「佐久間慧子集」
自註現代俳句シリーズ七( 四〇)

十一月八日
ふゆ本箱ほんばこほんことと坂本タカ女

自宅を増築する時、天井に届く木製本棚をあつらえた。この音は、雪国ならではのものかも知れない。

「坂本タカ女集」
自註現代俳句シリーズ一一( 六)

十一月七日立冬
烏賊いかつりつらねしゃこ丹冬たんふゆ成田智世子

烏賊漁の漁期は長いが、この頃の灯が一番大粒で美しい。一町七カ村、海の銀座とも言われたが。

「成田智世子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三〇)

十一月六日
あきふかしいろりないにじ宮崎すみ

心ここになければ見るもの見えず......。

「宮崎すみ集」
自註現代俳句シリーズ一二( 四)

十一月五日
かえ花遠ばなとおしまかげつつ大津希水

海上はるかの小島に日が廻ってはっきり見えて来た。空気が澄んで風が全くない秋の午後。返り花が咲き心の隅まで静まるようなひとときである。

「大津希水集」
自註現代俳句シリーズ四( 一三)