今日の一句

六月二十二日
みず易々いいむくろほたる薄 多久雄

まさに水葬だが、本音を述べると、骸をさっと流れに投げ入れた刹那そう感じたのである。水葬だなと感じて、哀れだと思ったのである。

「薄 多久雄集」
自註現代俳句シリーズ七(一七)

六月二十一日夏至
六月ろくがつ花嫁はなよめミシンなどいらぬ佐藤麻績

最近は花嫁道具にミシンはないようだ。幸せな六月の花嫁であればよい。

「佐藤麻績集」
自註現代俳句シリーズ一二(二五)

六月二十日
はてしなきうみにしてオリーブ
小川濤美子

淡路島ホテル「阿那賀」を会場として同人会を行った。淡路島の南端にある洒落たすばらしいホテルだ。建物のまわりにオリーブが植えられていた。

「小川濤美子集」
自註現代俳句シリーズ一一(五七)

六月十九日
うつちやりをくらひしこい水馬あめんぼう平田冬か

水馬も恋をする。雄を乗せてすでにペアの成立している水馬に言い寄れば見事に撥ね飛ばされる。

「平田冬か集」
自註現代俳句シリーズ一三(二二)

六月十八日
だくりゅうのしぶくところにくりはな上田五千石

岩手県一戸、馬渕川にて。見たとおりの写生が素直に出来たためか、嫌にならない句。

「上田五千石集」
自註現代俳句シリーズ一(一五)

六月十七日
しろあぢさゐいちばんおもいろのまま渡辺恭子

紫陽花の別名は七変化、然し白紫陽花だけは最後まで色を変えない。究極の白を貫き通す気魄を秘めて、霊光をうべなう白紫陽花の静けさ。

「渡辺恭子集」
自註現代俳句シリーズ七(四三)

六月十六日
ちちわかえいちち山田孝子

私も息子も父を早くに失った。父の日はそれぞれに心に沁みる母子の一日である。

「山田孝子集」
自註現代俳句シリーズ八(三九)

六月十五日
このづく宿やどしとみおろしけり小林輝子

六月十五日、夏油温泉で木葉木菟を器師夫妻とけいじ氏と聞いた。翌年も鳴いてくれた。

「小林輝子集」
自註現代俳句シリーズ九(二二)

六月十四日
皮蛋ピータンというものつて梅雨つゆふかし光木正之

中国の江蘇、浙江の名産で、どぶ卵、黒卵ともいわれる皮蛋。はじめて味わってみたときに生まれた句。

「光木正之集」
自註現代俳句シリーズ一一(二三)

六月十三日
ぜにあらい弁天べんてんにして梅雨つゆあら梶山千鶴子

ヨーガの仲間と鎌倉へ行った。大雨だった。逗子のなぎさホテルで泊った。その時同行の粟津加代子さんは亡くなられた。

「梶山千鶴子集」
自註現代俳句シリーズ七(七)

六月十二日
どの道も退路の如し梅雨夕焼今井 聖

今井 聖  作句年 2023年

六月十一日
寿じゅみょうとはそれぞれのもの梅雨つゆちょう成瀬正俊

すぐ死んでしまう者もあろうが、何時まで死なない者もある。それは寿命であってそれぞれのものである。群がった蝶のどれが短命か長命かいえぬ。

「成瀬正俊集」
自註現代俳句シリーズ四(三六)

六月十日
庭山にわやまをわたりてどいほととぎす三浦恒礼子

箱根芦の湯。鶯、ほととぎすを聞きながら、樹の間をあるく。源泉から引いた湯樋が、庭山を縦横に走っている。

「三浦恒礼子集」
自註現代俳句シリーズ四(四七)

六月九日
あぢさゐに耳朶じだのつめたさありにけり
髙田正子

「藍生」から六月号へ十句出すようにと封書が届いた。せっかくだから紫陽花ばかりで詠んでみようと試行錯誤。〈あぢさゐの潦より立ちあがる〉他。

「髙田正子集」
自註現代俳句シリーズ一二(三三)

六月八日
廃鉱はいこう水豊みずゆたかなり枇杷熟びわうるる木村里風子

小粒な枇杷が熟れている廃鉱。廃鉱から出る水の量におどろく。

「木村里風子集」
自註現代俳句シリーズ一一(一二)

六月七日
さやさやと足浸あしひた遠郭公とおかっこう久保千鶴子

貴船のふじやで川床料理を町さんたちと。足下の瀬の迅さ。藻の花。郭公。料理も五感で味わってこそ。

「久保千鶴子集」
自註現代俳句シリーズ八(一一)

六月六日
てんくこの六月ろくがつこうかな源 鬼彦

石狩川の河口は広い。海ではなく、天へつながっているかの感。しかも六月。いかにも気分が良い。気宇壮大とはこのことと実感。

「源 鬼彦集」
自註現代俳句シリーズ一一(四四)

六月五日芒種
早苗饗さなぶりばばりゅうてり棚山波朗

高幡不動尊での句。大日堂の天井に、手を打つと唸り声をあげる龍が描かれてある。早苗饗の一団の中には婆の姿も。

「棚山波朗集」
自註現代俳句シリーズ七(四九)

六月四日
植笠風うえがさかぜもりをしてゐたり川口 襄

今の田植えは耕耘機が全盛だが、昔は家族全員が田圃に入った。若い母親は幼児を籠に入れて畦道に置いていたものである。

「川口 襄集」
自註現代俳句シリーズ一二(九)

六月三日
うえけしてくちごもる兄会けいかい市村究一郎

PTAでは何を言っても仕方がないことが多いのだが、何か言わないと教師に悪いような気もする。

「市村究一郎集」
自註現代俳句シリーズ四(七)

六月二日
おうちてんまつをくもらせて中村明子

楝は空高く、薄むらさきにけぶる花。まるで天の睫毛を伏せたかのように。

「中村明子集」
自註現代俳句シリーズ七(二六)

六月一日
溝浚みぞさらつまそそぎの水通みずとお新倉矢風

下水道が完備する前は、道路沿いの下水は定時に各戸で溝浚いをした。妻が洗濯する石鹼まじりの汚水がすんなり流れて行く喜び。

「新倉矢風集」
自註現代俳句シリーズ六(四〇)

五月三十一日
乾杯かんぱいしんりょくといふビールかな石崎宏子

箱根鍛錬会の懇親会で供されたビールの名は新緑。下戸でアルコールは苦手だが、その分、句には詠みたい。

「石崎宏子集」
自註現代俳句シリーズ一三(六)

五月三十日
まづテラスまる薄暑はくしょのニューヨーク
森田純一郎

冬の長いニューヨークの人達にとって薄暑は待ちに待った季節の到来であり、レストランでは競い合うようにテラス席から埋まって行くのである。

森田純一郎 句集「旅懐」所収

五月二十九日
はくたん総身花そうしんはなとなりにけり相馬遷子

庭に牡丹の古木がある。白牡丹で枝が丈夫、花の数も多く、毎年よく咲く。今年は特に多く、花で木がかくれるほどだ。

「相馬遷子集」
脚註名句シリーズ一(一〇)

五月二十八日
いそ花流ばなながしがれにけり堀 磯路

白い絮をつけた茅花が雨まじりの南風に吹かれている。「茅花流し」の季語が頭に浮かんだ。紀州の磯は少しの風にも白波を立てる。

「堀 磯路集」
自註現代俳句シリーズ五(五二)

五月二十七日
まつりまち用水鯉ようすいこいあそぶ井上 雪

NHKのラジオで金沢の初夏の町を語った。一句をと所望され、億面もなく全国に披露した句。県庁前の辰己用水に鯉が放流されているのだ。

「井上 雪集」
自註現代俳句シリーズ五(三六)

五月二十六日
突然とつぜん余花よかなりおとこたび二日ふつか佐怒賀直美

〝中学校の同級生と福島へ旅す 四句〟中の一句である。コロナ渦以前から続いていた男六人での一泊旅が久し振りに再開された。

佐怒賀直美 「橘」五四九号所収

五月二十五日
牡丹ぼうたん念珠握ねんじゅにぎりしむ本宮鼎三

子の忌の句を毎年作っていることは前に述べた。どうせ、私も結局、子の住んでいる所にいくことになるのだから、今は牡丹の美に引かれていよう。

「本宮鼎三集」
自註現代俳句シリーズ六(一)

五月二十四日
あかるさがみずはじまりほおはな今瀬剛一

前にも言ったが私はすべての物の源に興味を持つ。朴の花が咲いて妙に明るい山奥、そこにしたたり落ちる水、この明るさは水の起源か。

「今瀬剛一集」
自註現代俳句シリーズ六(三三)