今日の一句
- 九月十一日
ガスの炎の青き揺らぎや台風裡 下里美恵子 ガスの炎がこんなに青いとは...。かすかな揺らぎに不安感が募った。
「下里美恵子集」
自註現代俳句シリーズ一一(四九)
- 九月十日
妻の呼ぶ聲よく透り鯊日和 鈴木良戈 南砂四丁目の船頭の山田さんが、胃の調子が変だとか、風邪をひいたとかでよく診察をうけに来ていた。東京湾で鯊釣を教わり、料理してくれた。
「鈴木良戈集」
自註現代俳句シリーズ八(四三)
- 九月九日
水澄んで人の喜ぶことを言ふ 梶山千鶴子 祇園杢兵衛、小林繁造、杉村浩さんらと私ども四組の夫婦が貴船ひろやの川床での涼。滅多にない集りで楽しかった。
「梶山千鶴子集」
自註現代俳句シリーズ七(七)
- 九月八日
山国の夜は虫の世となりにけり 若井新一 山国の夜は晩春から晩夏にかけ、蛙や青蛙の声が席巻する。秋になると蛙と入れ替わり、虫の音のオーケストラが響く。まさに虫の世の夜半だ。
「若井新一集」
自註現代俳句シリーズ一三(一九)
- 九月七日白露
鳥つぶてわが呼ぶ子の名爽かに 原 裕 爽秋の野に出てあそぶ子供たちに空をとびかう小鳥たちは同族の臭いがつよい。名を呼ぶとかえってくる返事に爽かさがあふれるばかり。
「原 裕集」
自註現代俳句シリーズ一(二四)
- 九月六日
梨一つ挘げば一つの空ひろがる 淺野 正 多摩川の梨園。棚の下で腰を曲げての作業は、素人につらい。梨をもぐと、青い空が見えて、ほっとひと息ついた。
「淺野 正集」
自註現代俳句シリーズ六(二一)
- 九月五日
雨となる漆街道葛の花 和田順子 漆掻をした跡が、白々残る木が痛々しい。雨となってすれ違う車もない。
「和田順子集」
自註現代俳句シリーズ一一(一五)
- 九月四日
秋扇真砂女の筆の嫋々と 浅井陽子 鈴木真砂女の染筆は、まさに嫋々である。秋扇が一層そう思わせた。
「浅井陽子集」
自註現代俳句シリーズ一二(一一)
- 九月三日
汽罐車の音のつまづく男郎花 堀口星眠 駅の方から、車輌をつけかえる汽罐車の音がきこえる。ダッシュしたかと思うと、すぐ静まったりする。
「堀口星眠集」
自註現代俳句シリーズ二(三五)
- 九月二日
はたはたに肩叩かれぬ温亭忌 川畑火川 篠原温亭忌、大正十五年九月二日、「押しなでて大きく丸き火鉢かな 温亭」私は氏のおだやかな句が好きだ。
「川畑火川集」
自註現代俳句シリーズ五(三九)
- 九月一日
潮の香の生徒九人に休暇果つ 米谷静二 屋久島の北西部に口永良部島という小島がある。桜島そっくりな活火山があり、全部で九人の中学生はなかなか活動的である。
「米谷静二集」
自註現代俳句シリーズ五(二九)
- 八月三十一日
溢蚊や知らずじまひのひとの恋 石田小坡 あぶれ残り蚊・哀れ蚊・八月蚊、いずれにしても弱々しい風趣。念願の故郷信濃へ転任したT君、大いに吉報を待ってるぜ――。
「石田小坡集」
自註現代俳句シリーズ六(五二)
- 八月三十日
新涼や腹を立てぬを薬とし 大牧 広 回りの人から言うと私は気短かということになっている。自分ではそう思っていない。ただつとめて怒らぬこと、これを自分に言い聞かせている。
「大牧 広集」
自註現代俳句シリーズ六(五一)
- 八月二十九日
天の河わらひわかれてふとさびし 藤岡筑邨 この句を読むと、信濃の秋の夜の感じと友人と別れた時の気持ちが、鮮明によみがえってくる。青春の記念として忘れられない一句である。
「藤岡筑邨集」
自註現代俳句シリーズ七(六)
- 八月二十八日
銀漢やほてりさめざる草に寝て 江口井子 ナクソス島のホテルの庭に寝そべって。エーゲ海を旅した古代の人を想って。
「江口井子集」
自註現代俳句シリーズ一一(二八)
- 八月二十七日
天網をいくたびもぬけ流れ星 檜 紀代 自分の句が歳時記に載ることなど考えてもいなかった。明治書院の歳時記で、この句を発見したときは、一瞬、頭の中を星がキラキラ......。
「檜 紀代集」
自註現代俳句シリーズ五(二五)
- 八月二十六日
けら鳴くや百雪隠に百の甕 加古宗也 「京都・東福寺」と前書がある。山門の脇に大きな東司がある。穴の上に板を渡しただけの簡易なもので、大小便は売って寺の収入とした。
加古宗也
- 八月二十五日
わが屋戸にいささ群竹植ゑて秋 林 翔 私がいささかの竹を買って植えたのは秋。風の音はかそけく、大伴家持の「わが屋戸のいささ群竹吹く風の......」の歌を思い出した。
「林 翔集」
自註現代俳句シリーズ三(二六)
- 八月二十四日
山の日のきらりと澄みぬ白木槿 村田 脩 白木槿への日の一閃。山気の澄みあってこその明るさ。
「村田 脩集」
自註現代俳句シリーズ三(三五)
- 八月二十三日
蜩やはや終りたる神あそび 落合美佐子 笛や太鼓の単調なリズムに乗ってくり広げられる神話の世界の絵巻は終るともなく終り、蜩の声があたりをつつんでいる。鷲宮神社。神楽殿。
「落合美佐子集」
自註現代俳句シリーズ九(一五)
- 八月二十二日処暑
天辺へ牛を追ひ上げ牧の秋 塩崎 緑 隠岐の島での点描。きわめて山が高いということを〈天辺へ牛を追い上げ〉と表現してみた。イメージにセガンチーニの絵の情景を描きながら。
「塩崎 緑集」
自註現代俳句シリーズ六(一〇)
- 八月二十一日
蜩や遠流の島の汐ぐもり 橋本榮治 初めて佐渡へ渡り、地元の方に島を案内していただいた。寝不足がたたって句は纏まらなかった。佐渡の雰囲気を伝えようとやや大摑みに捉えた。
「橋本榮治」
自註現代俳句シリーズ一二(四〇)
- 八月二十日
赤松のうしろはるけき残暑かな 小川かん紅 あの幹の赤さが残暑をさそい出しているかのようだ。
「小川かん紅集」
自註現代俳句シリーズ八(四八)
- 八月十九日
稲の花田一枚毎揺れ違ふ 青木華都子 一面の稲の花、風が吹くと、花の花粉がこぼれるのが分かる。道に面している所と、家と家の間の稲の花は揺れ方が違うのである。
「青木華都子集」
自註現代俳句シリーズ一一(五〇)
- 八月十八日
帆柱に網干してをり盆の月 木村里風子 漁師町の盆は静かであった。
「木村里風子集」
自註現代俳句シリーズ一一(一二)
- 八月十七日
流燈会われも流るる舟にゐて 栗田やすし 木曽川の流燈会は八月十七日、犬山橋の少し上流から船に乗り込み、流れの中ほどに出て点灯した流燈を流した。
「栗田やすし集」
自註現代俳句シリーズ九(一四)
- 八月十六日
残暑には違ひなけれどただならず 本井 英 ここ十年ほどの異様な気温の上昇は大いなる心配ごとの一つ。「残暑」という言葉のニュアンスなども根底から揺らぎかねない。
「本井 英集」
自註現代俳句シリーズ一二(一六)
- 八月十五日
戦争に勝ち負けはなし敗戦忌 藤井圀彦 八月十六日の早朝、逃げるように汽車に乗り四国へ向かった。名古屋から阪神へかけては、枕木の燻っているところを通過、飲まず食わずの一昼夜。
「藤井圀彦集」
自註現代俳句シリーズ九(四六)
- 八月十四日
風切つて父の乗りくる茄子の馬 佐藤安憲 バイク乗りの好きな父だった。「茄子の馬」にバイクの父の颯爽とした姿を連想した。
「佐藤安憲集」
自註現代俳句シリーズ一三(二四)
- 八月十三日
盂蘭盆の関帝廟は硬貨撒く 岩崎照子 神戸山手の関帝廟。硬貨が撒かれておどろいた。丹の色の大きな顔の関帝をおがんだ。
「岩崎照子集」
自註現代俳句シリーズ七(三九)