今日の一句

六月二十一日
空海の月命日や栗の花西山小鼓子

小庵近くの立江堂は百年前阿波より分霊を迎えた堂で、六月二十一日改修落成式があり句額を献じた。上海の葛祖蘭、蔡蓉曽両氏の投句もあった。

「 西山小鼓子集」
自註現代俳句シリーズ五( 三二)

六月二十日
短夜や軒うつて雨衰へず村田 脩

早暁、軒うつ雨音の意外に大きな響きに、明るさにもかかわらずまだ降り募る雨を感じていた。

「 村田 脩集」
自註現代俳句シリーズ三( 三五)

六月十九日
箱振つて大歳時記の夏を出す松倉ゆずる

寒がりでその分夏が好きな男の顔が見えているかしら。歳時記は夏の部が最も厚いのだ。

「 松倉ゆずる集」
自註現代俳句シリーズ一一( 二一)

六月十八日
出港のテープ伊達めく夏手套木村里風子

日焼け防止用の白い手袋、この時代では働く姿が本意であった。広島港で所見、有閑マダムに見えた。

「 木村里風子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 一二)

六月十七日
うるはしき山あぢさゐに小夜の雨関根喜美

深山のあじさいは色が濃く葉には雨つぶがひかっていた。

「 関根喜美集」
自註現代俳句シリーズ一一( 一三)

六月十六日
父の日の夫に鱶鰭スープかな渡辺雅子

母の日より一ヶ月遅れの父の日、すなわち六月は夫の誕生日でもあり、息子家族と連れ立ちて津田沼アスターへ。ささやかな会食。

「 渡辺雅子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 二六)

六月十五日
お田植祭足駄痛しと猿田彦佐藤俊子

会津の伊佐須美神社のお田植は、日本三大お田植の一つ。神社よりお田植田まで長い距離があり、一枚歯の高足駄で先頭を進む。

「 佐藤俊子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 四六)

六月十四日
紺屋町藍の匂ひの溝浚ふ下里美恵子

足利は織物の町。紺屋が並ぶ町筋は、溝がきれいに凌ってあった。芥からかすかに藍の匂いがした。

「 下里美恵子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 四九)

六月十三日
女学生かくさんざめき桜桃忌江口井方

地下鉄に賑やかな女学生の一団が乗り込んできた。そういえば太宰治の忌。

「 江口井方集」
自註現代俳句シリーズ一一( 二八)

六月十二日
こぼさじと手のひらに椀ぐゆすらうめ藤沢樹村

調布にいたとき母が植えた山桜桃の木を、八王子の今の家に移植した。実が成ると仏壇に供える。あとは鵯が来てよろこんで食べる。

「 藤沢樹村集」
自註現代俳句シリーズ一一( 四一)

六月十一日
塔照らす灯にひらひらと蚊喰鳥川澄祐勝

塔の投光器が点く頃には沢山の蝙蝠が舞い始める。光に集まる虫を狙うらしく頻りに光線を過る。飛び方がつたないのが愛嬌である。

「 川澄祐勝集」
自註現代俳句シリーズ・続篇二二

六月十日
時の日の時を惜しんで打つメール杉 良介

現代人は携帯メールの擒になってしまった。その味を覚えると病みつきになる。もう峠は越えたれども。

「 杉 良介集」
自註現代俳句シリーズ・続篇二七

六月九日
紫陽花や大河のごとく潮流れ山川安人

長門壇ノ浦。長く外部へ赴任していたので、一緒に行く誘いもなく、一人疎外感に浸った旅。

「 山川安人集」
自註現代俳句シリーズ一一( 二七)

六月八日
かたつむり初めて通る枝ならむ中村菊一郎

このかたつむりの歩みは、格別鈍かった。初めて通る不安があるのだろうと解釈した句。この句は総合誌に載ったので種々の意見をいただいた。

「 中村菊一郎集」
自註現代俳句シリーズ一一( 二二)

六月七日
五月雨や田にも山にも神まして光木正之

農業も機械化が進んだが、田植どきになると、神とのかかわりの名残と思われるものが多い。

「 光木正之集」
自註現代俳句シリーズ一一( 二三)

六月六日芒種
芒種はや人の肌さす山の草鷹羽狩行

気づかなかった指の切傷。「 芒種」は六月六、七日ごろ。芒( のぎ)ある穀物を播くべき時という意味で、田植も始まる。

「 鷹羽狩行集」
自註現代俳句シリーズ・続篇七

六月五日
梅雨寒や教師へそくり話して藤井吉道

教師もやはり人間。人間であればこそ自己の身分を忘れた行動に出ることがしばしばある。それを客観的に見たときには滑稽に見える。

「 藤井吉道集」
自註現代俳句シリーズ一一( 二五)

六月四日
水飲んでみんな健康青嵐原田かほる

同じ年に〈 水飲みて人老いやすしさくら時〉の青児句がある。

「 原田かほる集」
自註現代俳句シリーズ一一( 二四)

六月三日
蠅生れて以後と以前とをわかつ加倉井秋を

蠅の生まれる前とそれ以後は身辺は何となくざわめく。夏への思いを、蠅に託した一句。身辺で感じた世の不安さがこんな句にも胎ったと言える。

「 加倉井秋を集」
自註現代俳句シリーズ二( 一一)

六月二日
ベレー帽揃ひの赤や開山祭大原雪山

上高地・ウェストン祭。毎年六月第一日曜日、ウェストンのレリーフの前で行われる。健脚者は徳本峠を越えて参加。さわやかな集まり。

「 大原雪山集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三六)

六月一日
なつかしき記憶にラジオ電波の日大坂晴風

昭和の初め頃はラジオのある家庭は少なかった。我が家に無く知人宅に聞かせて貰いに行ったものである。今でも思い出される。今日は電波の日。

「 大坂晴風集」
自註現代俳句シリーズ一一( 五五)

五月三十一日
いつせいに走りし新樹思ひをり阿部誠文

樹陰に座って休んでいた。すると、どの樹も、いっせいに、同じ方向へ走っていった。天変地異の前ぶれかもしれない。私の背に日が当たっていた。

「 阿部誠文集」
自註現代俳句シリーズ八( 一五)

五月三十日
鶏小屋に水にじませし植田かな藤本安騎生

鶏小屋と植田との距離。実際はその間に細い野菜畑があった。

「 藤本安騎生集」
自註現代俳句シリーズ八( 一六)

五月二十九日
地より湧き地に還る水花菖蒲鍵和田秞子

この句は確か京王百花苑の花菖蒲だったと思う。もっともどこの菖蒲苑でも大体こんこんと水が湧き、苑をうるおしているが。

「 鍵和田秞子集」
自註現代俳句シリーズ五( 一一)

五月二十八日
辰雄忌の朴を仰ぎて蕾なし大島民郎

五月二十八日は辰雄忌。水原先生の最後となられた軽井沢行にお伴し、私達は「 高原荘」で句会に励んだ。朴を仰ぐと辰雄の小説が思い出される。

「 大島民郎集」
自註現代俳句シリーズ三( 七)

五月二十七日
新しき道のさびしき麦の秋上田五千石

新設の道は、土地になじまない。そのさびしさ。

「 上田五千石集」
自註現代俳句シリーズ一( 一五)

五月二十六日
町中に大川あをき祭かな石原舟月

越後三条市。町中は祭の賑いにどよめきがある。この町には大川が青々と流れてしずかである。そこにかえって祭を感ぜずにはいられない。

「 石原舟月集」
自註現代俳句シリーズ二( 三)

五月二十五日
雲往ける高さに谷戸の朴咲けり伊東宏晃

鎌倉の報国寺(竹寺)の石庭近くから眺めた景。山の中腹にひときわ高く朴が咲いていた。<竹林の水際立ちし梅雨入りかな>

「 伊東宏晃集」
自註現代俳句シリーズ九( 一〇)

五月二十四日
天上に父のちからの朴一花能村研三

平成九年に<天上の母灯るごと朴ひらく>という句を作ったが、父の一周忌に合わせて朴が一つ花をつけた。父の忌日を「 朴花忌」とも言う。

「 能村研三集」
自註現代俳句シリーズ一一( 六三)

五月二十三日
ひめぢよをん美しければ雨降りぬ星野麥丘人

雨の中の姫女苑。雨はしばしば対象に効果を添える。だが、それはいいことであるか。あなたには雨の句が多いと言われたことがある。

「 星野麥丘人集」
続編現代俳句シリーズ一二