今日の一句

八月十二日
阿波あわおどをまつすそをたくし菊地凡人

〈手をあげて足を運べば阿波踊〉風三樓先生の"踊句碑"と古稀祝いを兼ねての春嶺大会。踊句碑に囚んで凡人を先頭に同人有志が演じた。

「菊地凡人集」
自註現代俳句シリーズ九( 一三)

八月十一日
這松はいまつまりのごまのたかけり大原雪山

前に同じ。のごまは「喉紅鳥」。スズメ目ツグミ科の小鳥。姿が美しい。広大な這松の平で鳴く姿は忘れ難い。知床の地名はアイヌ語でシレ・トク。

「大原雪山集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三六)

八月十日
おんなよりわかばなしや西鶴さいかく田口三千代子

男女平等になって来た戦後。昔は男から切り出すことの多かった別れ話も、女性の方から口にすることも増加中の昨今である。

「田口三千代子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三七)

八月九日
かたのケロイドいず長崎ながさき縣 恒則

長崎市の被爆者の年齢も高齢化し、年々少なくなっていく。被爆の悲惨さを後世に伝えようと必死である。

「縣 恒則集」
自註現代俳句シリーズ一二( 一四)

八月八日
あしもとを駅員えきいんよるあき長棟光山子

くりはら田園鉄道の終着駅「ほそくら」。細倉鉱山の最盛期には、一日千人以上の客があった。六十二年に鉱山は閉山。その後鉄道も廃止された。

「長棟光山子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 五二)

八月七日立秋
こころしずかにれば涼風すずかぜおのずか星野立子

八月六日、鎌倉婦人子供会館。暑くていらいらしたり、仕事が出来なかったりする。だが心持を静かに整えていれば自然に道はひらける。そして涼風が自分の心を慰めてくれる。おのずから、その通り、心持次第でおのずから道はひらける。母はそういう強い人であった。

 
「星野立子集」 脚註名句シリーズ一( 一七)

八月六日
えんらのむらがる蛇口原爆じゃぐちげんばく藤井圀彦

郷里を遠く離れた愛知県半田の飛行機工場で、原爆投下の小さな記事を読んだ。十五歳たった。敗戦後苦労して帰郷した。三たび許すまじ原爆を。

「藤井圀彦集」
自註現代俳句シリーズ九( 四六)

八月五日
くさ田男逝たおゆくコンクリートにすずめ舘岡沙緻

同人のA氏に「焼鳥でも焼いているのか」と句会後に云われる。眼も眩むばかりの炎暑の日であった。

「舘岡沙緻集」
自註現代俳句シリーズ七( 一二)

八月四日
くさきてしずみてうつぼぐさ山田みづえ

写生。逞しい靭草だった。ゴルフ場付近の土堤。

「山田みづえ集」
自註現代俳句シリーズ続編( 一五)

八月三日
ゆくなつちょうブラックバスばかり加古宗也

ブラックバスは外来魚で、魚のギャングとも呼ばれている。近年、琵琶湖に大繁殖し、なすすべなし。

「加古宗也集」
自註現代俳句シリーズ一二( 四二)

八月二日
ひょうさつのかはりのきのこしょそう高橋桃衣

門に猿の腰掛けのような大きな茸が生えている。表札などあまりないこのあたり、茸の家と宛名に書けば、着くかも知れない。

「高橋桃衣集」
脚註名句シリーズ一二( 二一)

八月一日
しろがさかざしてうみとおくせり下里美恵子

何気ない行動がもたらした心理的な錯覚。実際、海が遠くなることなどないのだが...。

「下里美恵子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 四九)

七月三十一日
かぶと虫草むしくさにここより王者おうじゃむら小原啄葉

兜虫は皂莢の木などに棲んでいるが、たまたま草に沈んでいるのを見て、哀れに思った。王者の村は平泉。夏草三百号記念東北大会。

「小原啄葉集」
自註現代俳句シリーズ四( 一六)

七月三十日
炎天えんてんやディズニーランドへ送電線そうでんせん髙崎トミ子

東京ディズニーランドはいつでも行ける距離にあるがまだ行ったことがない。たくさんの遊具を動かす電力は相当なものと近くを通る度に思う。

「髙崎トミ子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三一)

七月二十九日
瀧水たきみず瀧壺たきつぼ水分みずわかちなし青木重行

落ちてくる水と瀧壺の水は同じである。だが次々に落ちてくる水はつながってはいるが違うのである。しかし永劫に変らないかも。

「青木重行集」
自註現代俳句シリーズ九( 三)

七月二十八日
夏帽なつぼうをあみだにたいしゅくしょう中村菊一郎

「少年よ、大志を抱け」( クラーク博士)の大志が、私の場合、年とともにだんだん小さくなってきた。情けないと思う。

「中村菊一郎集」
自註現代俳句シリーズ一一( 二二)

七月二十七日
おのづから冷酒れいしゅのころのひざがしら細川加賀

私には伏目癖があるせいか、膝にはときおり感情がうごく。

「細川加賀集」
自註現代俳句シリーズ三( 三一)

七月二十六日
山畑やまはたあさたがややけ海女あま皆川盤水

伊豆の子浦での句。海女が小石の多い段々畑を耕していた。蜩の声がしきりにしていた。

「皆川盤水集」
自註現代俳句シリーズ三( 三二)

七月二十五日
きてあるこのあつ不死男忌ふじおきとこそ上田五千石

秋元不死男先生の忌日は、毎年のように詠まれているが、不死男忌として詠まれているのは(他は、不死男の忌、不死男先生忌)、句集ではこの句のみ。七月二十五日の前書がある。葬の日も暑かったが、遺影の涼しく温かい眼差を想う。( 松尾隆信)

 
「上田五千石集」 脚註名句シリーズ二( 一五)

七月二十四日
夕蟬ゆうぜみ一樹いちじゅさながらもりをなす市村究一郎

蟬の句ばかり、百句作ったことがあった。その中の一つ。いくつか残してあとは捨てた。

「市村究一郎集」
自註現代俳句シリーズ四( 七)

七月二十三日大書
はしせるほとりみづみづしくじん赤松蕙子

私は先生! 先生! と絶えず呼びかける人を失った。けれど呼びかける心はもとのままだ。自然に口がほころびて、すぐ側の先生を呼ぶ。

「赤松蕙子集」
自註現代俳句シリーズ三( 一)

七月二十二日
はつ甘藷いもあましとおも大暑たいしょかな瀧澤伊代次

故里では新甘藷のことを初甘藷という。ちいさな初甘藷であったが、大暑の日に食べた。甘いと思った。

「瀧澤伊代次集」
自註現代俳句シリーズ三( 二〇)

七月二十一日
ほとりにもののきよあおすだれ関森勝夫

知人の新居。木の香、青畳の香が心地よい。吊したばかりの青簾を通って来る風にも香りがあった。

「関森勝夫集」
自註現代俳句シリーズ六( 二四)

七月二十日
くさしずかにせめぎひるそま小松崎爽青

秋近い森の、殷賑とした生気の漲りは、寂かにせめぎあう草木の息吹きである。杣はその生気の中で、活力を養うための昼寝をむさぼるのだ。

「小松崎爽青集」
自註現代俳句シリーズ七( 五)

七月十九日
おきこいのボートのれどほす田中水桜

山中湖吟行の所産。恋人同士のボートが岸を離れて行った。然し山中湖は広いから中央へ出れば風もあり波も高く恋のボートは揺れ動くのだ。

「田中水桜集」
自註現代俳句シリーズ五( 二一)

七月十八日
大写おおうつしにてごりそよぐはこがね右城暮石

鮔は水底を走るようにして泳ぐ。姿は小さいが動きが速いため、人目につき易い。箱眼鏡いっぱいに動く鮔を「そよぐ」と見た暮石の目が鋭い。ふるさとの土佐山中で、鮔掬いをした少年時代を思い遣っての句である。( 浅井陽子)

「右城暮石集」
脚註名句シリーズ二( 八)

七月十七日
ひめさまの語尾ごびのやはらかはもりょう伊藤敬子

〈仏典に波の音ありお風入れ〉。松坂屋の伊藤次郎左衛門様のお宅のお風入れにお招きに与るといつも冷泉貴美子様と並ばせてもらうはれやかさ...。

「伊藤敬子集」
自註現代俳句シリーズ続編( 二六)

七月十六日
億年おくねんぞうして巌滴いわおしたたれり藤井圀彦

滴りのない巌はほこりっぽいだけ。巌のない滴りは単なる滴。億年を蔵しているのは巨巌。その巌からしぼり出すように滴る。

「藤井圀彦集」
自註現代俳句シリーズ九( 四六)

七月十五日
しろ地着じきよるとうむか野田しげき

真暗な海に、白い波濤だけがこちらに立ち向って来る。その怒濤に我を忘れて見入った。

「野田しげき集」
自註現代俳句シリーズ六( 四二)

七月十四日
しん放送ほうそう巴里パリさいでありしかな前野雅生

深夜放送のラジオからシャンソンが流れてきた。そうか、きょうは巴里祭だったのかと気づく。昔の巴里祭は酒場の日だったなどと苦笑した。

「前野雅生集」
自註現代俳句シリーズ八( 四九)