今日の一句

十二月十六日
鰤起ぶりおこおお佐渡小佐渡さどこさどつらぬけり皆川盤水

「鰤起し」は鰤の獲れる十二月頃の豊漁の前兆の雷。その鰤起しが、父なる嶺の大佐渡と、母なる山の小佐渡を貫く自然の凄さを詠い上げ、佐渡に育った者には忘れられない一句である。床の間に色紙を掛けるたびに盤水の優しさを思い起こす。( やえ)

「皆川盤水集」
脚註名句シリーズ二( 一)

十二月十五日
とし木樵ぎこおとかつゞきてゐしが清崎敏郎

「四万・日向見に遊ぶ」六句の内の一句。年末の閑散とした温泉宿にどこからともなく、木を伐る音が続いていた。聞くともなく聞いていたその音が、ふいに止んだ。あれは、年木でも伐っていたのであろうと思ったのである。 (酒井 京)

「清崎敏郎集」
脚註名句シリーズ二( 二)

十二月十四日
わがむねはたるごとし冬青空ふゆあおぞら野澤節子

四季のなかでは、夏と冬が好きだった。冬はことに精神がひきしまって凜とした人間性の好みとするところであったろう。冬の青空の爽快さを、「旗鳴るごとし」と讃えている。健康を感謝する思いと、心の底からの生命賛歌が率直に表現されている。

「野澤節子集」
脚註名句シリーズ二( 六)

十二月十三日
くろマントではくちょうおびやかす鈴木栄子

「白鳥の湖」を何回か観た。日本のものソビエトのもの、各々の演出、舞台装置の違いも面白かった。これはボリショイバレーを観ての即興。

「鈴木栄子集」
自註現代俳句シリーズ四( 二八)

十二月十二日
ひとへざるかぜうきどり森田 峠

寒風の強さに人は耐えられずにその場を去る。鴨は平気な様子で波に揺られながら浮寝している。場合によっては人間よりも鳥の方が強い。

「森田 峠集」
自註現代俳句シリーズ一( 六)

十二月十一日
夕焚ゆうたきしてをりおもばなしせり中山純子

四、五人が、手をかざして夕焚火をしている。土着の者ばかりで、それでおもい出話もつきない。

「中山純子集」
自註現代俳句シリーズ二( 二七)

十二月十日
かみ芸雨中げいあまなかくちにて平畑静塔

同じ日同じ鳥山の和紙漉きを覗く。一軒で子飼いの男女が数人、楮剝ぎから仕上りの和紙裁断までやっている。雨も漏れそうな古い屋根の下。

「平畑静塔集」
自註現代俳句シリーズ一( 五)

十二月九日
いっちょうのこゑにまりしふゆいずみつじ加代子

夏や秋には騒がしかった泉の辺りも、冬ともなれば人影もない。折しも泉の宙を切って鳴きすぎる冬鳥の影――。

「つじ加代子集」
自註現代俳句シリーズ九( 四四)

十二月八日
じゅう月八がつよう山々やまやまねむりけり仁尾正文

太平洋戦争の始まった十二月八日が分らない世代が増えてきている。彼らにこの句のモチーフが分らなくてもよい。戦のない方がよいのだから。

「仁尾正文集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 二六)

十二月七日大雪
河豚喰ふぐくふやかべけある抽象ちゅうしょう北野民夫

河豚刺やふぐ鍋を賞味している座敷の壁に意味不明の抽象画が掛けてあったら、皮肉な面白さがあるであろうと、あらぬことを想像してみた。

「北野民夫集」
自註現代俳句シリーズ二( 一四)

十二月六日
すすきてあらたまねすきかぜ百合山羽公

家も思えば身の一皮。煤掃きという垢落しをしたところで新しく吹き込む隙問風に一寸の間好感をもつのも新春が間近いからだ。

「百合山羽公集」
自註現代俳句シリーズ一( 二五)

十二月五日
りん丹生にうがわふゆかがやける加藤三七子

鷲家口から、丹生川上中社まで歩いた。私たちの歩く道から、杉の美林を透かして冬日にきらめく丹生川がまばゆかった。

「加藤三七子集」
自註現代俳句シリーズ三( 一〇)

十二月四日
そこなしの冬青空ふゆあおぞらかぜあわ鈴木良戈

昭和五十五年十二月四日、四十二歳で福永耕二逝く。没後に第二句集『踏歌』で俳人協会新人賞受賞。九月の尾瀬・檜枝岐踏破は元気だった。

「鈴木良戈集」
自註現代俳句シリーズ八( 四三)

十二月三日
わがちてふゆのいのちわがいのち深見けん二

京都真如堂。境内の冬木の前に立っているとだんだんにその冬木の生命が自分に迫ってくるように思われた。

「深見けん二集」
自註現代俳句シリーズ三( 二九)

十二月二日
のごとくにふるひとあらな落合水尾

願望は、はてしなく切実である。失ったものの影の大きさを、身の底に埋めるように努めた。「恋」の字は、たしかに「悲」の字に似ている。

「落合水尾集」
自註現代俳句シリーズ六( 三四)

十二月一日
こうよりさむやみまつりかな鈴木鷹夫

秩父の武藤貞一さんの招待で秩父夜祭を観せてもらった。秩父囃子の勇壮な韻きは何時聞いてもよい。

「鈴木鷹夫集」
自註現代俳句シリーズ六( 三八)

十一月三十日
さいかぜのざらつく落葉らくよう大竹多可志

もちろん、アフリカの草原で見たわけではない。犀は自分が何故ここにいるのか。理解しているのだろうか。

「大竹多可志集」
自註現代俳句シリーズ一二( 四四)

十一月二十九日
行末ゆくすえがかりはなし石蕗つわはな小島千架子

どんな老後が待っているのだろう、それがわかってしまったら誰も一生懸命生きようとはしないだろう。

「小島千架子集」
自註現代俳句シリーズ六( 四五)

十一月二十八日
枯菊かれぎく天平てんぴょうのひいろにて門脇白風

多賀城跡へ吟行のとき、途中住宅の庭先きで枯菊を焚いていた。その火の色が昏い金色でどうしても天平の頃の火色であった。

「門脇白風集」
自註現代俳句シリーズ五( 三八)

十一月二十七日
関跡せきあと近道ちかみちキロ時雨しぐれけり須磨佳雪

いわき市勿来駅から南方に二粁ほど山道をのぼりつめると勿来関跡がある。丁度時雨が降って来て関跡で息子の結婚のための桜の塩漬を買った。

「須磨佳雪集」
自註現代俳句シリーズ六( 四三)

十一月二十六日
煙草たばこ吸ひをりしが蓮根れんこん掘りはじむ藤井吉道

畦で一服していた農夫がおもむろに腰をあげ、蓮田へ入って行く。細長く湾曲した鍬で泥をかき分けながら蓮根を掘り進んで行く重労働。

「藤井吉道集」
自註現代俳句シリーズ一一( 二五)

十一月二十五日
海鳴うみなりや枯色かれいろこと千枚田せんまいだ佐藤公子

山の上から海岸まで、千枚ならぬ二千枚以上あるという段々のたんぼ。「千枚田の枯のとどめに波殺し」も。

「佐藤公子集」
自註現代俳句シリーズ七( 二二)

十一月二十四日
好き嫌ひいつも曖昧枇杷の花市野沢弘子

好きになってはいけないと言う大前提がある。しかし嫌いかと言うとそうではない。秤などでは量れない女心。

「市野沢弘子集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 四一)

十一月二十三日
波郷忌の泉に生きて水馬向笠和子

波郷忌の深大寺の泉に未だ生きていた水馬を見て「いのち」を感じた。波郷師が泉下より与えて下さった句だと感謝している。第一句集『童女』完。

「向笠和子集」
自註現代俳句シリーズ五( 六〇)

十一月二十二日小雪
境内に深紅の外車お取越松倉ゆずる

廃仏棄釈を極端な形で実行した地からの集団移住という歴史を持つ私の村も、おいおい人が入れ替って寺も建ち、報恩講にはこんな参詣者も。

「松倉ゆずる集」
自註現代俳句シリーズ一一( 二一)

十一月二十一日
忍冬忌ひとは日向を歩きけり今井杏太郎

波郷忌句会での作。清澄公園の日向。

「今井杏太郎集」
自註現代俳句シリーズ六( 四六)

十一月二十日
酉の市母となじみの店に寄り渡辺雅子

物心つく頃から、母と日本橋から地下鉄で酉の市に行った。バス、市電と違って電動扉がこわかった。櫛や財布の根付など見て母は楽しそうだった。

「渡辺雅子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 二六)

十一月十九日
一茶忌の薪割る音のしてゐたり池田秀水

一茶の生涯と比べると、まだまだ贅沢だと思う。

「池田秀水集」
自註現代俳句シリーズ六( 四八)

十一月十八日
木枯やいつもの窓のいつもの灯米田双葉子

木枯の吹き荒ぶ中、かの家のかの窓は常の如くに煌々と灯っている。学びの灯であろうか。

「米田双葉子集」
自註現代俳句シリーズ六( 四七)

十一月十七日
飛驒格子小暗きに買ふ時雨傘松本澄江

馬籠から飛驒の町に着いた時は折から時雨れて、出格子の店で傘を買った。仕舞屋風のうす暗い店が飛驒の町によく似合った。

「松本澄江集」
自註現代俳句シリーズ六( 二九)