今日の一句
- 十二月十日
悪魔のための空席一つ冬の酒 磯貝碧蹄館 花も何も飾ってない、殺風景な席は悪魔の席かもしれない。いや、むしろ「悪魔の席」として、私はとって置きたい。親愛なる悪魔のために。
「磯貝碧蹄館集」
自註現代俳句シリーズ三(二)
- 十二月九日
しみじみ孤り寝ても覚めても隙間風 小松崎爽青 孤独感を口にすることはあったが、孤独地獄にまで引き込まれたことはなかったのに、家の中に全くの孤り暮しは、遣る瀬無かった。
「小松崎爽青集」
自註現代俳句シリーズ七(五)
- 十二月八日
歳晩の孫をあづかる一日あり 五十嵐播水 歳晩になると誰しも忙しい。歳晩の一日孫をあずかってくれと頼まれた。歳晩には何うしてもこんな日があるものである。
「五十嵐播水集」
自註現代俳句シリーズ四(五)
- 十二月七日大寒
裸木のざくりと折れて風いまだ 源 鬼彦 寒地の冬の木は、裸木という強いひびきが似合うようだ。寒林の中の数本が無慚に折れている。風に代表される援軍すらもないまま。
「源 鬼彦集」
自註現代俳句シリーズ一一(四四)
- 十二月六日
行僧を入れて寒林緊りける 毛塚静枝 中山法華経寺の荒行は十一月一日から翌年の二月十日までの百日間。小寒から大寒へと森の中で、一日二度の粥食、七度の水垢離に耐える荒行。
「毛塚静枝集」
自註現代俳句シリーズ一〇(一二)
- 十二月五日
山間の狐火となる一輌車 関口恭代 一輌車、現在では殆ど見かけないが、遠い昔上信電鉄の一輌車が山間を縫って終点下仁田までの往き来。真っ暗な山裾に動く一筋の灯、まさに狐火。
「関口恭代集」
自註現代俳句シリーズ一一(九)
- 十二月四日
牛鬼の壁に掛けある冬座敷 髙崎トミ子 宇和島は牛相撲で有名らしいが、私たちが宇和島へ訪れた時はその時季ではなかった。それでも二宮さんの手配りで牛相撲の土俵を見学出来た。
「髙崎トミ子集」
自註現代俳句シリーズ一一(三一)
- 十二月三日
寄鍋や婦唱に夫随とはならず 関森勝夫 料理となれば普通は婦唱夫随だろう。しかし、私は素直に従わず、具について注文をあれこれ出しては妻や子供から嫌われる。
「関森勝夫集」
自註現代俳句シリーズ六(二四)
- 十二月二日
四隣みな根雪待つかに静かなり 細谷鳩舎 農家も商家も、雪囲やその他冬の準備が終ると、静かになる。運命のように雪籠りを待つのである。
「細谷鳩舎集」
自註現代俳句シリーズ五(三四)
- 十二月一日
石蕗咲くや心魅かるる人とゐて 清崎敏郎 珍しく恋の気配のある一句。これが発表された時、女弟子たちはどなたのことだろうと言い合ったものだ。石蕗という淋しげな花がすべてを語っている。作者は、「ある尼さんだよ」とおっしゃったが、季題からの想像を楽しみたい。(西村和子)
「清崎敏郎集」 脚註名句シリーズ二(二)
- 十一月三十日
背に耳を当てて霙を聴いてをり 今井聖 今井 聖 『バーベルに月乗せて』 作句年二〇〇一年
- 十一月二十九日
北山に雪来し味の酢茎買ふ 山下喜子 酢茎の美味しい条件に、漬け加減は勿論だが、キュツと底冷えする寒さも必須のように思う。京漬物のかくし味となる寒気かと。
「山下喜子集」
自註現代俳句シリーズ五(三五)
- 十一月二十八日
雪来るか野をくろがねの川奔り 相馬遷子 もう雪が来る頃だ。くろがね色の川が寒々と走っている。
「相馬遷子集」
脚註名句シリーズ一(一〇)
- 十一月二十七日
雨夜日和重ねて落葉あたたかし 古賀まり子 久しぶりに訪ずれた平安。病院通いも遠のいた。
「古賀まり子集」
自註現代俳句シリーズ四(二二)
- 十一月二十六日
転車台に腑抜け機関車冬うらら 桂樟蹊子 京都駅の西にある機関庫。転車台に勢いよく来て止り、廻してもらう機関車は、如何にも腑抜けて力なく見えた。今では機関車も見世物になった。
「桂樟蹊子集」
自註現代俳句シリーズ二(一二)
- 十一月二十五日
朴落葉大きを拾ひ晩年へ 鍵和田秞子 いやおうなしに晩年へ踏み込んでいるのだ。朴の葉はどれも大きいけれど、特に大きいのを手に取るのも、いたしかたない心の動きか。
「鍵和田秞子」
自註現代俳句シリーズ・続編二一
- 十一月二十四日
はすつぱに生れて修す一葉忌 鈴木真砂女 丙午生れの性格とでも言おうか、朗らかであまりものにこだわらずむしろはすっぱである。一葉忌と一日違いの十一月二十四日が私の誕生日である。
「鈴木真砂女」
自註現代俳句シリーズ二(二〇)
- 十一月二十三日
- 「にごりえ」のダブルキャストも一葉忌
鈴木栄子 「にごりえ」のお力をダブルキャストで文学座公演。太地喜和子のお力はすべてを覚悟して男に殺された。新橋耐子のお力は覚悟なしで殺された。
「鈴木栄子集」
自註現代俳句シリーズ四(二八)
- 十一月二十二日小雪
落葉して落葉は遠き音となる 柴田白葉女 小高い山。落葉がしきりである。前にも後にも、はらはらと舞いおちる。だまってその中に立っていると落葉の音が夢の世界の中の音となってゆく。
「柴田白葉女集」
自註現代俳句シリーズ一(二六)
- 十一月二十一日
茶の咲けり八犬伝の城跡に 佐怒賀直美 「八犬伝の城跡」とは我が故郷・茨城県古河市の古河城跡のこと。犬塚信乃と犬飼現八の戦いの場として『南総里見八犬伝』に登場する。
佐怒賀直美 令和五年作 「橘」五五五号
- 十一月二十日
石蕗黄なりヨハネ五島の磔像に 岡部六弥太 福江島の堂崎天守堂。ヨハネ五島は長崎の西坂で殉教した二十六聖人の一人。五島生れで十九歳。死の直前の敬虔な祈りの表情に、心打たれる。
「岡部六弥太集」
自註現代俳句シリーズ四(一五)
- 十一月十九日
八手咲き来翰はたと減りたる日 角田拾翠 いつもはドサッと音してくる来翰が、その日は妙に少なかった。何か不吉なような、寒々とした気がした。八手の花の寒さも加わってか。
「角田拾翠集」
自註現代俳句シリーズ四(二九)
- 十一月十八日
恋髪も死に髪も夜のこがらしは 河野邦子 木枯しはたいてい夜には静かになる。気象の関係。恋も死もいのちの力を必要とする。
「河野邦子集」
自註現代俳句シリーズ九(三二)
- 十一月十七日
かけひきの値の定まらず大熊手 小川濤美子 酉の市に出かけたときの有様である。
「小川濤美子集」
自註現代俳句シリーズ一一(五七)
- 十一月十六日
しぐるるや花には長き葉をそへて 中村雅樹 岐阜県の池田町に吟行。吉祥草に出会った。その花に葉を添えて紙に包んだのである。岩月通子さんが、のちに庭にあるからと送って下さった。
「中村雅樹集」
自註現代俳句シリーズ一三(二〇)
- 十一月十五日
青空となり来る早さ返り花 浅井陽子 飛鳥の石舞台近くの吟行で見つけ思わず仲間を呼ぶ。雨後の日差に見失うことはなかった。返り花には青空が似合う。
「浅井陽子集」
自註現代俳句シリーズ一二(一一)
- 十一月十四日
凩や深鍋ふたつ湯気立てて 井越芳子 この冬、ル・クルーゼのオレンジ色の深鍋を買った。鍋を火にかけながら過ごす冬の時間は心休まる大切な時間。
「井越芳子集」
自註現代俳句シリーズ一二(四八)
- 十一月十三日
水の如き朝あり梨の返り花 関 成美 句会の後、小室美夜子氏宅に泊り、翌朝早く付近を散歩した。東京では見られない清澄な朝の風景だ。三十分程歩いたが人に会うこともなかった。
「関 成美集」
自註現代俳句シリーズ七(二〇)
- 十一月十二日
茶の花やかくれ棲むかに昨日今日 下鉢清子 自然はまだ晩秋らしさを誇示しているのに、肉体の感覚は冬を感じる。その頃が好きである。茶の花もまた好ましい。
「下鉢清子集」
自註現代俳句シリーズ七(三四)
- 十一月十一日
脚長きことが手間どり蓮根掘り 有吉桜雲 長所は短所。短所が長所なることも。
「有吉桜雲集」
自註現代俳句シリーズ八(四五)