今日の一句

六月二日
あきのひとあきをのほたる橋本草郎

師の亡くなられた六月二目ころは、蛍の時期でもあった。先生の蛍の句のあれこれを思った。

「橋本草郎集」
自註現代俳句シリーズ九( 九)

六月一日
太陽たいようぬれのぼりしうえかな小林鹿郎

橋本多佳子逝く。多佳子には一面識もないが、彼女の写真にそっくりの女性が知人にいる。

「小林鹿郎集」
自註現代俳句シリーズ六( 二二)

五月三十一日
さくらんぼあらをまづあらひけり山尾玉藻

箱にぎっしり詰まったさくらんぼは目映い宝石のよう、しばし見とれる。一粒抜くと、隠れていた茎がたちまちわっと現れる。

「山尾玉藻集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 三一)

五月三十日
ほおけり水勢風すいせいかぜつくうえ羽部洞然

渓流から吹き上げる風の中に清楚な朴の花がそよぎつつ開いていった。

「羽部洞然集」
自註現代俳句シリーズ六( 四一)

五月二十九日
すみすればすみにおへる多佳子たかこ島村 正

時には墨をすり、書らしきものを書きもした。しかし<多佳子>の書のように匂うばかりに、とは程遠い現実。今もなおしかりである。

「島村 正集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 二一)

五月二十八日
きりはなぐれつていてをり大串 章

桐の花を見ると古い詩集を思い出す。詩というものを初めて読んだのはいつの頃であったろう。

「大串 章集」
自註現代俳句シリーズ五( 七)

五月二十七日
あめつてはくはな山法やまぼう米谷静二

白眉は故事の方が有名過ぎて、たいていその意味で使われるが、ここでは文字通り白い眉ということ。あくまでも写生句のつもりである。

「米谷静二集」
自註現代俳句シリーズ五( 二九)

五月二十六日
なまなまときてしありしたんかな上田五千石

牡丹は花の王ともいわれている。在りし日のなまめかしい牡丹を思い、深い眼差しで対座する師の姿がある。「かな」の詠嘆は牡丹の気品、華麗さを包みこんで、「今を美し」とする五千石先生ならではの美意識へと誘われる。六十二歳の作。( 山下桂子)

 
「上田五千石集」 脚註名句シリーズ二( 一五)

五月二十五日
つたりやゆかかむたけのこ石川桂郎

七畳屋の床板が腐りかけていたので修復することになり調べたところ、床下に頭を出している筍があった。「討も取ったりや」と芝居がかった六方を踏んでいるが、筍のすさまじい生命力を知る者にとって、筍の出現は由々しき一大事である。

 
「石川桂郎集」 脚註名句シリーズ一( 三)

五月二十四日
いちはつやはやされすするわんこそば
角川源義

五月、盛岡における「自然味」六百号大会に招かれ講演。その折の作品。盛岡名物に、わんこそばがある。一口ほどのそばが椀に盛られ、給仕さんがそばにいて、次から次ヘそばを投げ込んでゆく。まさに<はやされすする>という感じである。( 広治)

 
「角川源義集」 脚註名句シリーズ一( 六)

五月二十三日
この新樹月光しんじゅげっこうさへもおもしとす山口青邨

夜の新樹は、黒々として、静かにその若葉の枝を延している。重なりあった若葉は弱々しいが、若葉らしい新鮮さを、その浅緑とを夜の闇の中にひろげている。月光がさしているが、新樹のみずみずしさは、月光の重さにじっと耐えているかのようである。( 透)

 
「山口青邨集」 脚註名句シリーズ一( 二〇)

五月二十二日
ぜんのものえびやあはびやとう大野林火

五月、房州白浜で鍛練会が行なわれた。その前日に太見ヘー泊して得ている。「えびやあはびや」は眼前のものなのだが豊かでよい。夜の怒濤が海に近い宿の開け広げた大きな部屋を感ぜさせる。野沢節子・恩賀とみ子・田口俊子・大川つとむなど賑やかな面々。

 
「大野林火集」 脚註名句シリーズ一( 一八)

五月二十一日
きょたん茅舎ぼうしゃほおはなけり竹腰八柏

高野山ホトトギス俳句大会。高野山では牡丹も朴も同時に咲く。牡丹と言えば虚子を、朴と言えば茅舎を思う。

「竹腰八柏集」
自註現代俳句シリーズ五( 二〇)

五月二十日小満
とちはな石仏せきぶつかが志村さゝを

修那羅峠。寺の道端に踏まんばかりの石仏群。散り敷く栃の花を踏んで賽し、語った。<催促神笑ひ咳神怒る新樹かな>

「志村さゝを集」
自註現代俳句シリーズ七( 八)

五月十九日
茶摘ちゃつみ女乗めのるバスにあお香入かいるるごと田中英子

久し振りで清水へ行き、久能の方ヘバスで行った。どやどやと紺絣の茶摘女が乗り込んで来てお国言葉まる出しにしゃべっていた。なつかしさ一杯。

「田中英子集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 二三)

五月十八日
草笛くさぶえ対馬つしまいし屋根やねおお市野沢弘子

蒙古襲来の浜や、歴史のある神社仏閣を見て廻ったが、どこへ行っても、なんじゃもんじゃの白い花が、咲き乱れていて旅情を誘った。

「市野沢弘子集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 四一)

五月十七日
たかくものみなしろせいがつ谷口忠男

新宿御苑で。朴の花、泰山木の花、山法師の花、夏椿の花......どの花も白い。

「谷口忠男集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 五〇)

五月十六日
カクテルといふ薔薇咲ばらさかせひと大木さつき

故郷の兄が持ってきてくれたカクテルという薔薇。ばら色の一重五弁で内側が黄色のぼかし。咲き初めるとやさしかった亡き兄を思う。

「大木さつき集」
自註現代俳句シリーズ一一( 四八)

五月十五日
ページおとあたらしきがつ延平いくと

第一句集『稜線』を出版。五月は私の誕生月。秋を先生より<五月とよともに稜線ひきしめむ>のお祝句を戴いた。

「延平いくと集」
自註現代俳句シリーズ八( 二六)

五月十四日
さつとはこれの胎朴たいほおはな榑沼清子

人生の帰しゆく所は寺。母の胎を出て、寺の胎に戻るのだと...。〈これの世の胎〉は、すっと出た言葉。

「榑沼清子集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 三七)

五月十三日
がつ寺山てらやましゅうしょ比田誠子

青春時代の一時期寺山修司の虜になった。それは俳句ではなく、挿絵画家の宇野亜喜良と組んだ、詩のような呟きのような生き方の処方箋だった。

「比田誠子集」
自註現代俳句シリーズ一二( 二九)

五月十二日
はく丹影たんかげもろともにられけり中尾杏子

ひかりのあるところ、必ず影もある。ただその影を意識するかしないかである。<白牡丹おのが呪縛を解きにけり>同時作。

「中尾杏子集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 一五)

五月十一日
がつゆびうつくしくなりはじ毛塚静枝

冬の間、ひび・あかぎれで荒れに荒れていた指が五月ころになると、不思議な程きれいになって、自分でも驚くほどである。

「毛塚静枝集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 一二)

五月十日
しつけいとなかえてはは加藤憲曠

躾糸を取り切れない着物を着ている母に、老いの姿を感じた。その母も昭和五十八年八十二歳で他界した。

「加藤憲曠集」
自註現代俳句シリーズ六( 一七)

五月九日
くろちょうでんちょう輿こし二宮貢作

神田明神の祭の神田祭は氏子の地域の広いことで知られ、繰り出す神輿も大小合わせて一〇八基に及ぶ。<やつちや場の失せたる神田祭かな>

「二宮貢作集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 二二)

五月八日
かきつばた水一線みずいっせんでありにけり井越芳子

かきつばたを前に、日本画に描かれる水を思ったのかもしれない。

「井越芳子集」
自註現代俳句シリーズ一二( 四八)

五月七日
沫吹虫あわふきみずそらよりなつ千代田葛彦

水辺の草などに唾の泡をつけたような沫吹虫の卵が輝やくと、水に映る雲や空から夏がやってくる。

「千代田葛彦集」
自註現代俳句シリーズ二( 二五)

五月六日
こでまりやこののいつもあめ鈴木真砂女

万太郎の若い頃の俳号は暮雨、傘雨。その名前どおり雨男であったという。五月六日、死の直前に〈小でまりの花に風いで来りけり〉とつぶやく。没後、敦は〈小でまりの愁ふる雨となりにけり〉と詠む。万太郎、敦、真砂女へと流れている「春燈」の抒情。( 保子)

 
「鈴木真砂女集」 脚註名句シリーズ二( 四)

五月五日立夏
一字ひとあざまんこいきゅうたん松本千鶴子

延平さんのお世話で山中湖近くに泊まり忍野八海で、久保さん初め八名ほど。<伏流の噴くや白藤咲き初めし>ここら辺は旧の節句であった。

「松本千鶴子集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 二〇)

五月四日
おく那賀ながやまはらこいのぼり桜庭梵子

徳島県木沢村の横井満天星氏宅での作。裏山に生えるぜんまいを乾燥して販売するという。高台なので村の鯉のぼりは山の腹を舐めているようだ。

「桜庭梵子集」
自註現代俳句シリーズ八( 三五)