俳句の庭/第8回 吾が心のあぢさゐ 德田千鶴子

德田千鶴子
昭和二十四年、東京生まれ。 秋櫻子長男、水原春郎の長女として、二十年余秋櫻子と同居し、美術や野球を楽しむ。十八歳からは、運転手兼荷物持ちとして旅行にも同伴。三代目を継ぎ『馬酔木』主宰。 公社 俳人協会理事
 そろそろ梅雨が始まるかしらと思う頃、それまで葉に隠れていた紫陽花の花珠が膨み始め、色づいてきます。
 以前はそれ程好きな花ではありませんでした。じとじと雨の降る季節のイメージと重なって、鬱蒼と繁る葉の重さも暗くて。
 それが俳句を始めてからでしょうか。小花の可憐さ、微妙な色のグラデーション。大好きな花になりました。
 特に雨粒を湛えた紫陽花に朝の光が差した時の瑞々しき輝き。何処にでもある花なのに、それぞれに趣きがあります。
 日本中にあぢさゐの名所はありますが、私が忘れられないのは、鎌倉大塔宮の山紫陽花。大塔宮は、父後醍醐天皇の命で戦い、足利尊氏に捕えられ土牢で二十八歳の命を閉じた護良親王を祀る寺。
 日の差さない湿った土牢に思いを馳せると、その地にひっそりと咲く山あぢさゐは、儚い命を惜しむようで心に沁みました。
 祖父秋櫻子の忌日は七月十七日。紫陽花忌とも云われています。
 濯ぎ場に紫陽花うつり十二橋 秋櫻子
 句集『葛飾』、水郷佐原での句です。
 秋櫻子が最期の日々を過した自宅の日本間。ベッドからの視座に小さな句碑があります。その脇に日本紫陽花を植えました。
 空色から藍へ。移る色に祖父の笑顔が浮かびます。