俳句の庭/第44回 風さまざま 西村和子

西村和子
昭和23年、神奈川県横浜市生まれ。昭和41年、「慶大俳句」に入会、清崎敏郎に師事。平成8年、行方克巳と「知音」創刊、代表。 句集『夏帽子』により俳人協会新人賞、『虚子の京都』により俳人協会評論賞、句集『心音』により俳人協会賞、句集『窓』『かりそめならず』『椅子ひとつ』『わが桜』など。著作『季語で読む源氏物語』『季語で読む枕草子』『季語で読む徒然草』など。

「風土」という言葉があるが、私が最もその語を意識したのは関西暮らしが始まった時だった。関東の横浜の郊外では、春になると連日強風が吹き、土埃に悩まされたものだった。
 ところが、関西の春はうらうらと長閑で、風も優しい。ブロック塀の上にパンジーや桜草の植木鉢を並べている家を見て、風に飛ばされないか、地震で落ちはしまいかと不安になったことを覚えている。
 京都や奈良へ吟行に行って、さらに驚いた。葛城山は一日中霞に覆われている。東山の低い山並に雲が棚引いている。関東平野からも丹沢や箱根の山々は見えたが、さして遠くない山々の姿が、こんなにぼんやり見えるとは、春疾風など吹きまくらないのだ。
 関東では山襞から霞が立ちのぼることはあっても、風ですぐに吹き払われてしまう。絵巻物に描かれた雲の棚引き具合を、実際に目のあたりにして、あれは絵画の意匠ではなく、写生だったのだと気づいた。
 そんな盆地の夏は厳しい。大阪湾の凪は熱帯夜をもたらす。「風死す」という季語は関西から生じたにちがいない。そう言えば徒然草にも「家の作り様は夏を旨とすべし」という一段がある。兼好は北国に住んだことがなかったから、「冬は、いかなる所にも住まる」なんて言えたのだ。