俳句の庭/第85回 川の厚みと沈下橋 今瀬一博

今瀬一博
俳人協会理事。「対岸」副主宰、「沖」蒼茫集同人、「塔の会」会員。句集『誤差』。NHK文化センター水戸俳句講師。

 茨城県北部の久慈川には幼い頃から親しみ、経験で川を知っている。川の水は膝を越えるくらいになると、歩くのにも太股で押して進む感覚である。全体移動する水を同じ高さで眺めると、川の大きさが分かる。「川の厚み」を実感するときである。流れも見た目よりはるかに早い。夏には川をくねらすように簗が掛けられる。

 簗を差す久慈の厚みのありありと   一博

 今は川に入ることもなくなったが、この水の厚みを実感できる場所が、久慈川上流に架かる「沈下橋」だ。大子町に架かるこの橋の長さは50メートルほど。沈むことを想定しているため、水はすぐ足の下を流れ、川の厚みまでもがまざまざと思い出される。この橋までは緩やかに坂道を下っていくのだが、その道が夏はなんとも涼やかで気持ちがいい。

 涼風や沈下橋への下り坂   一博

 沈むこの橋は壊れても復元できるようになっている。両岸には車ほどの大きさのコンクリート塊が置かれ、橋脚を太い鎖で繋ぎとめ橋板はワイヤーで繋がる。人々の知恵と橋への愛着が思われる。

 この橋のすぐ下流は流れが一変し、早瀬にかかる。今年も又、6月1日の鮎の解禁日には賑わうことだろう。鮎は、「香魚」というくらいなので、この時季になると、川自体が鮎の匂いになる。食するのは塩焼きや天ぷらがいいが、以前行きつけの店でメニューには載せていない「鮎の炊き込みご飯」を出してもらったことがあった。この香りと味はいまも忘れられない。