俳句の庭/第89回 秋の川 藤本美和子
![]() |
藤本美和子 平成26年より「泉」継承主宰。公益社団法人俳人協会理事。 句集に『跣足』『天空』『冬泉』『現代俳句文庫藤本美和子句集』、著書に『綾部仁喜の百句』など。第23回俳人協会新人賞受賞。第9回星野立子賞受賞。 |
とほくより見にきしといふ秋の川 美和子
(『天空』119ページ)
海派、山派という分類に従えば山派である。これには生地というのが少なからず関係するように思われる。私の生地は和歌山県で、熊野川流域に位置するところ。実家の南窓からはこの熊野川が見えた。
とはいえ、一キロほど離れているので流れそのものは見えない。日光の加減によって川の面が光ったり、銀鼠色に見えたりするだけなのだが、窓から見えるこの景色が子どもの頃から好きだった。
川向うに見えるのが果無山脈で、山に雲がかかると必ず雨が降った。時折ふっと、山にかかる白雲に乗る自分を想像したりしたものだった。今から思えば、遠く見える山々や川のある光景は私にとって、現実とはちょっと違う、空想の世界に連れていってくれる場所でもあったのだ。
時々無性に川が見たくなるのは習い性のようなものだろう。住まいのある八王子から割合簡単に行けて、生地の熊野川に見合う川、といえば御岳渓谷を流れる多摩川である。小一時間ほど電車に揺られ、川に会いにゆく。周囲が山々に囲まれた川をぼおっと眺め、無心になれるひとときがなんともいえずいい。
冒頭の句は「泉」での吟行時、仲間の一人が呟いた言葉である。この日、Kさんは埼玉県の上尾市から三時間ほどかけてやってきた。「どうしても今日の多摩川が見たくて来たのだ」と言った。
「おお、同士!」と思わず嬉しくなって成した句である。