俳句の庭/第86回 鶴見川 小川軽舟
![]() |
小川軽舟 昭和36年、千葉市生まれ。昭和61年、「鷹」入会、藤田湘子に師事。「鷹」編集長を経て、平成17年、藤田湘子逝去により「鷹」主宰を継ぐ。句集『朝晩』(第59回俳人協会賞)、『無辺』(第57回蛇笏賞、第15回小野市詩歌文学賞)他。著書『現代俳句の海図』、『俳句と暮らす』、『名句水先案内』(第39回俳人協会評論賞)他。毎日新聞俳壇選者。 |
電車に乗って鉄橋から川を眺めるのが子供の頃から好きだった。父親の転勤先の大阪で生まれ育った私は、里帰りのたびに開通間もない東海道新幹線に乗ることができた。いつも地図帳を携え、地図の川と車窓の川を見比べて心を躍らせた。なぜそんなに好きだったのだろう。川の眺めは遥かに遡った源流、遥かに流れ下った河口まで、まだ見ぬ世界を想像させるからなのかもしれない。そこにはこことは違う世界がある。だから川には桃太郎が流れてきたりもするのだ。
今の横浜の住まいにいちばん近い川は鶴見川である。綱島街道をしばらく歩くと、東急東横線の綱島駅に着く手前の大綱橋で鶴見川を渡る。多摩川に迷い込んでタマちゃんと呼ばれたアザラシは、鶴見川まで遠征し、ここ大綱橋あたりにも顔を出したとか。公害の時代よりだいぶきれいになったらしいが、清流にはほど遠い。かつては洪水も多かったそうで、実家が近い妻は、親の店が水に浸かったことを覚えている。今は鶴見川があふれそうになると、日産スタジアム周辺が巨大な遊水池として町を守る。
大阪の子供だった頃、岸から淀川を眺めていたら、仔豚の死骸が流れてきて恐ろしかった記憶がある。あれは現実だったのだろうか。今となっては夢だったのかもしれないとも思うが、鶴見川の堤防に立つと、無意識のうちに何かが流れてくるのを待って濁った水面を見つめている自分に気づく。