俳句の庭/第84回 清流に恵まれて 角谷昌子

角谷昌子
俳人協会理事、国際俳句協会理事、日本現代詩歌文学館評議員。「磁石」同人。句集『奔流』『源流』『地下水脈』、評論『山口誓子の100句を読む』『俳句の水脈を求めてー平成に逝った俳人たち』(俳人協会評論賞・日本詩歌句協会 随筆・評論部門大賞受賞)ほか。芭蕉記念館英語俳句講座講師。

 各地への桜行脚の末、山梨県北杜市の南アルプスが背景に見える真(さね)原(はら)の桜並木が気に入り、この土地に夫が移住してから十年余りが経つ。
 豊かな水質や水量に恵まれた清流のおかげで、サントリーの白州工場、日本酒「七賢」の酒蔵やワイナリーがある。釜無川、須玉川はじめ、たくさんの川の中、特に気に入っているのは、甲斐駒ヶ岳の雪解け水が源流となる尾(お)白川(じらがわ)で、日本名水百選のうちの一つ。溪谷を貫く川沿いには、良い散策コースがあり、神秘的な滝や淵を眺められるため、登山客も多く訪れる。ここは県立南アルプス巨摩自然公園北部のお勧めしたい景勝地である。
 尾白川渓谷の入り口には、駒ヶ岳神社(甲斐駒ケ岳神社)が鎮座している。大国主命、少彦名命、天手力男命を拝するこの神社は、270年ほど前に駒ヶ岳講の信者によって建立された。神域には龍神の岩場があり、湧き水が滴って霊威ある雰囲気を醸し出している。
  吊橋や木々の芽吹きのこゑひそか  昌子
  白蝶の橋なき川を越えゆけり
  山藤のおどろと木々を呑みゐたり
  渓流に魚影奔れる青葉かな
 四季それぞれ魅力的な溪谷だが、神社のそばの吊橋から眺める尾白川は、ことに若葉、青葉の頃が美しく、ずっと立ち止まっていたくなる。多くの鳥たちも飛来するので、視覚ばかりでなく、水音と鳥の声も楽しめて聴覚も大いに刺激を受ける。リフレッシュできる大切な場所である。