俳句の庭/第9回 父の八重木槿 仲村青彦

仲村青彦
【略歴】昭和19年千葉県木更津に生まれる。昭和56年「朝」主宰・岡本眸に師事。平成29年「朝」の終刊により 「予感」を創刊する。「予感」主宰。俳人協会理事。句集に『予感』(俳人協会新人賞)『樹と吾とあひだ』『春驟雨』 『夏の眸』、評論に『輝ける挑戦者たちー俳句表現考序説ー』(俳人協会評論賞)。

 野萱草は母の好んだ花。増えていつの間にか巴旦杏の周囲に広がった。にわかに雨の降り出しそうな空間に浮くそのほの赤いオレンジ色は、宇宙が一瞬垣間見させる秘密そのものーー光量を抑えたラウンジの、コーヒーカップに映るダウンライトのようだ。
野萱草が衰えると木槿が咲く。木槿は父の植えた木。近所の木槿がくっきり艶やかなのに、父の木槿はなんともさえがない。秋咲きの白椿を植えた父の好みには、底紅のような一重の木槿がふさわしかろうに、どこがよくて八重咲きの木槿を植えたのかと思ってしまう。咲いた趣ばかりか落花もいただけない。花のまま萎れ落ちる木槿は、八重は八重の嵩でべたべた粘る。毎日掃かなくてはならない。父の死後、木槿は太くなって傷んだ。ちょうど潮時と、金木犀に植え替えようかと、掘り上げた。太い幹は掘るのに難儀した。執着のない木槿だったが、掘るのに苦労したことでこのまま捨てるのはなにか父にすまない気になって、細枝を剪り一輪挿しに挿して窓辺に置いた。すると、その枝が花瓶の中で発根した。発根の縁で、それを裏庭に植えた。昨年の台風で傾いだものの倒木をまぬがれた木槿は、このごろ八重の、結構ふくよかな趣を浴室の窓に立ち上げる。
父の八重木槿はかつての戦友か誰かにもらったものじゃなかったか、とこのごろ思う。選んだのでなく、縁だったんじゃないか、と。