俳句の庭/第40回 束稲山中腹の風 小澤 實

小澤 實
昭和31年、長野県生れ。平成12年、「澤」創刊、主宰。平成10年、句集『立像』で第21回俳人協会新人賞。平成18年、句集『瞬間』で第57回讀賣文学賞詩歌俳句賞。平成19年、評論「俳句のはじまる場所」で第22回俳人協会評論賞。令和3年、『芭蕉の風景 上・下』で第73回讀賣文学賞随筆紀行賞。俳人協会常務理事、讀賣新聞・東京新聞俳壇選者。

 この六月二十九日に第六十一回平泉芭蕉祭全国俳句大会に招かれて、三年ぶりに講演をした。会場は名刹毛越寺の本堂であった。
 昨年、『芭蕉の風景 上・下』(ウェッジ)を刊行した。長年連載した芭蕉の句を訪ねての紀行文をまとめたものである。雑誌の刊行月と取り上げる句の季節とは一致している必要がある。そうするためには、芭蕉が訪れた季節よりも三ヶ月ほど早い時期に取材に行かなければならない。平泉の取材も二月三月の寒い内に行かなければならなかったのだ。
 だからこそ、芭蕉がまさに平泉を訪ねたその日に訪ねて、芭蕉の名句「夏草や兵どもが夢の跡」「五月雨の降のこしてや光堂」についてじっくり語るということは、まことに幸せなことであった。聴衆は、芭蕉の句に誇りをもって、愛誦してきたみちのく人である。平泉が、義経と西行ゆかりの地であって、『おくのほそ道』で芭蕉が訪ねた各地の中でもっとも重い意味を持っていることをお話しした。東北地方は梅雨明けしていなかったが、芭蕉の訪れた日と同様、雨が降ることはなかった。
 翌日は、晴れ。平泉町観光商工課のSさんに町内の名所を案内してもらった。中尊寺、義経堂、束稲山。束稲山の中腹では、京都の東山に倣って、大文字の送り火が焚かれる。その大の字の最後の払いの場所まで案内してもらった。夏草がよく茂り、北上川から気持のいい風が吹き上げていた。いつの日にか平泉に大文字の送り火を見に来たいと思った。