俳句の庭/第96回 蓬餅の思い出 今瀬一博

今瀬一博
俳人協会理事。「対岸」副主宰、「沖」蒼茫集同人、「塔の会」会員。句集『誤差』。NHK文化センター水戸俳句講師。

 私の住む茨城県は「常陸国」の昔から、野原のようなところが至る所にあった。自然豊かと言えば聞こえはいいが、春も終わりの頃には、「草」は遠慮なくその勢いを強め、新緑の頃には、相当手強く厄介な存在になる。「草」という柔らかく優しい韻に適うのはやはり春である。特に若草の頃の野山の穏やかさ格別である。かつて筑波山の麓に男女が集まり、歌を詠み舞踏して遊んだ嬥歌(かがい)の風習も、こんな時季であったのだなどと想像してみる。歳時記の春の植物の項には、様々な花が名を連ねるが、「草」も負けてはいない。「蕗の薹」「蓬」「三葉芹」「はこべ」「野蒜」等々、家の周りでも大方見ることが出来る。
 私の思い出の「春の草」と言えば「蓬」である。ある程度伸びたのを摘んでくると、母が「蓬餅」を拵えてくれる。子どもの頃は「蓬餅」とは呼ばず「草餅」と呼んだが、私たちはそれが楽しみでよくこの蓬を摘んだ。ただし一人ではたいした量にならないので、結局家族皆で摘むことになる。摘み出すと俄にあちこちの蓬が目に付いて、結局は大きな笊一杯となり、「草餅」も近所に配るほど搗く羽目になる。母の「草餅」は形は美しくない。しかし売り物とは違い、驚くほど伸びて搗き込まれた蓬がよく分かる。匂いも鮮烈である。
  蓬餅伸びて微塵の蓬見ゆ   一博
 餅取り粉をまぶされた餅は緑も鮮やかで、搗き立てはほの温かく手にした時の弾力が心地良い。
  草餅に内なる力窪むなり   一博
 この弾力は、春の大切な思い出である。