俳句カレンダー鑑賞  令和2年5月

俳句カレンダー鑑賞 5月
蛞蝓といふ字どこやら動き出す 後藤比奈夫
蛞蝓といふ字どこやら動き出す

後藤比奈夫
 蛞蝓、なめくじと読む声を聞くだけでも背筋が寒くなる。昔、流しの下にそれを見つけると慌てて塩をふりかけた。作者は『シリーズ自句自解Ⅱベスト100・ふらんす堂』の自解で「流し台でなめくじを見付け塩をかけた。その日の句会の兼題が蛞蝓。余りうまくない大きな字で黒板に蛞蝓が如何にもなめくじらしく書かれてあった」と記している。
 その文字をじっと見る。朝見た蛞蝓の姿と重なって来る。文字の成り立ちや形に深い関心を持った作者。文字と生物とが一体となってくる。あまり動く所を見たことのないあの生物の後ろには必ず銀色の道が出来ている。蛞蝓は動く。「どこやら」という言葉を得て、知性と感性が綯い交ぜとなり蛞蝓の姿態が活写された。
 蛞蝓という文字はすでに文字としてではなく生物そのものとなっている。作者の標榜する「花鳥諷詠・客観写生」の句なのである。句集『祇園守』(昭和52年刊)所収。昭和50年作。(金田志津枝)
 社団法人俳人協会 俳句文学館589号より