俳句カレンダー鑑賞  平成22年6月

俳句カレンダー鑑賞 6月
蛍火のひとつ遥かをこころざす 黛執

 第5句集『畦の木』所収。平成19年の作。夏の夜に水辺の闇に浮く蛍火は、神秘的で幻想的である。それゆえ、蛍は古より人の魂や恋に擬せられ、詩歌に詠まれてきた。
 そんな蛍火がこころざすものとは何か。確かに、現実に蛍が遥かへ向かって飛んで行ったのであろう。それだけでも詩は宿るが、より高い詩情が欲しい。
 やはり、「こころざす」と意志的に擬人法で詠むからには、そこに作者の深い思い・心も重なっているはず。それは恋? いや、ここでは、高い志からなる詩の深く大いなる世界と考えてみたい。すなわち、この蛍は作者の分身でもある。限りなく遥かな風雅の高みを志し、孤高の精神で静かに向かうのであった。
 蛍火の飛翔に、作者の詩への深い思いを重ねた高い精神性に注目したい。単純化された句形、滑らかで強い韻律が読者の心を捉えて離さない。高く、美しい詩だ。(小島 健)
蛍火のひとつ遥かをこころざす

黛 執

 社団法人俳人協会 俳句文学館470号より