俳句カレンダー鑑賞  平成22年3月

俳句カレンダー鑑賞 3月
父の影踏めるおもひに春の山 奈良文夫

 私の子供の頃、旧正月は繭玉を刺す水木の枝を伐りに、祖父に蹤いて山へ入る事で始まった。その赤い小枝に、合掌の形の芽が付くと春は駈足でやってくる。厳しい冬を越え、草が萌えると、柞が一斉に芽吹くのだ。里人が1年で一番心弾む時である。
 作者文夫氏が山梨県上野原より五里程山へ入った、父上の生家を訪ねた折の句であるという。蕨・薇・タラの芽採りと、父に春の喜びを教わった里山。父への回想は、春の山と共にある。腐葉土に育まれた、ほくほくの山道を一歩一歩進むにつれ、父の姿がそこに浮かぶのである。今さらのように覚えるその存在の大きさ。ここが父の産土、神より賜うた生命の息づく春の大地であるからだ。それも仲春であろう。降り注ぐ陽光の下に、はっきりとその影が見える。
 〈家郷いま山車練る頃ぞ男児生る〉ー作者が初孫を得た折の作ー故里への想いは濃くなるばかりである。山里育ちの私にとっても、家郷は父そのものである。(太田信子)
父の影踏めるおもひに春の山

奈良 文夫

 社団法人俳人協会 俳句文学館467号より