俳句カレンダー鑑賞  平成21年11月

俳句カレンダー鑑賞 11月
落葉松の空のうすずみしぐれけり 根岸善雄

 掲句の筆の運びに瞠目。一筆書きで、中七だけ薄墨色に仕上げるのは難しい。
 作品が一層奥行きのあるものになった。
 降ったり止んだりの時雨は、人の心まで寂々と薄墨色にする。題材の落葉松はしばしば氏の詩世界に登場するが、春の目の覚めるような芽吹き、晩秋の金色の針のような散葉、そして冬木の無一物の気品|落葉松は、氏にとって生の原型なのかもしれない。
 秋櫻子最晩年の弟子の一人であったという氏の作品には、その誇りが、こだわりが確固としてある。それは時代に流されない不易の意志の下に紡ぎ出される作品に顕著である。
 掲句、落葉松の素描線とこまやかな翳と。ふくよかな筆法でありながら、孤独の入り混ったかなしびのようなものが垣間見える。
 詩歌の発想は作り手の美意識から生まれるものだ。題材を選ぶとき、言葉を選ぶとき、それが如実に顕れる。そして立ち上った作品は、作者そのものの姿となる。
 秋櫻子一筋に研鑽を積まれた氏の美意識は、俳壇の根幹として貴重である。(ほんだゆき)
落葉松の空のうすずみしぐれけり

根岸善雄

 社団法人俳人協会 俳句文学館463号より