俳句カレンダー鑑賞  平成21年9月

俳句カレンダー鑑賞 9月
駅一つ花野の中に葬らる 佐藤郁良
駅一つ花野の中に葬らる  佐藤郁良
 句集『海図』所収。初出は「銀化」平成18年10月号。
 郁良さんの文学経験からすれば、難しい漢字や難しい表現で、読み手の気を引く句は幾らでも出来そうだ。だが、郁良さんはそれをしない。掲句も難しくは書かれていないのだが、鑑賞となると難しい。廃線の駅を詩的に書いたと読めるが、別の読み方をすれば、駅を一つと数えているので小さな駅を想い、葬るは、覆い隠されたと読める。
 花野に小さな駅が覆い隠されている、と読んで景が鮮明に浮かぶ。同時に何故か懐かしさを伴う。季語の花野が中心になりそうだが、駅の存在が象徴的に心に残る。この駅は、郁良さんが幾つも通過してきた過去の駅(思い出)の中の一つ、そんな風に思えるのだ。花野の中にあるのだから若い頃の思い出。そして、それは封印してしまっただろう思い出。それが懐かしい。
 読み手にもまた通過してきた駅を懐かしく思い出させる句。それが初出の時から変らないこの句に対する印象である。(田口武)
 社団法人俳人協会 俳句文学館461号より