俳句カレンダー鑑賞  平成23年3月

俳句カレンダー鑑賞 3月
啓蟄の奈落より出づ役者かな 松崎 鉄之介


啓蟄の奈落より出づ役者かな 松崎 鉄之介
 確定申告の時期が近づくと、当時税理士だった作者は、歌舞伎座横の公民館で開かれた無料相談会に詰めていた。歌舞伎座の大道具などの運び込み口が道を隔てていた。
 相談者が途切れた時には、時々、奈落からの鳴物が聞こえてくる。ドロドロ、ドロンという太鼓の音である。
 掲句を一読して連想されるのは、『伽羅先代萩』大鼠に扮した仁木弾正がスッポンから迫り上がってくる名場面である。鼠の妖術を使った弾正を、面明りという蝋燭による古風な照明で、弾正の怪しさをより際立たせる演出である。
 「俳句は出会いである」とは常々作者の主張する信念である。税理士という文学とは異質の職業にありながら、この句が生まれたということに、出会いの不思議さを納得する。昭和51年作。『信篤き国』所収。
(山上カヨ子)
 社団法人俳人協会 俳句文学館479号より