俳句カレンダー鑑賞  平成27年5月

俳句カレンダー鑑賞 5月
ものおとへいつせいに向く袋角 津川絵理子

 生きているものは、年が経てばそれだけ老いてゆく。だが四季の循環の中で、まるで生まれ変わるような新鮮さを取り戻す時期がある。春に新たな循環が始まるとすれば夏へと移り変わる5月頃は、生命力が高まってゆく時期であり、変わり目の不安定さを持つ時期でもある。「袋角」はその感じをよく象徴するような季語だと思う。
 たくさんの鹿が何かの物音を聞いて、その方へ向いた。それまで穏やかに、思い思いに過ごしていた鹿たちが、まるで緊張によって束ねられたかのように一斉に動く。その一瞬が作者の心に響いたのだろう。草食動物の敏感さが何かの訪れをいち早く捉えた。
 そんな鹿の素早さや、きらりと見開かれた幾つもの瞳が想像され、初夏の瑞々しさが読む者に伝わってくる一句だ。
(日隈 恵理)
ものおとへいつせいに向く袋角

津川絵理子

 社団法人俳人協会 俳句文学館529号より