俳句カレンダー鑑賞  令和6年1月

俳句カレンダー鑑賞 1月
一滴に匂ひ立ちたる初硯 西山睦

 ぽたん。水と触れ合って硯は硯らしい匂いを取り戻す。嗅覚が作者の背すじを立て直す。たちまち、肉体も空気も新年の気合に包まれる。ハイスピードカメラでとらえたような作品だ。
 この硯は、作者の西山睦の父であり、かつて結社「駒草」の主宰であった八木澤高原の遺品、端渓である。滑らかな逸品。
 場面によって高原と睦は「父子」「師弟」とスタンスを変えて付き合う必要があった。
と、娘目線で詠んでいるが、甘えていられる時間に限りはある。自然の摂理で高原は他界し、睦は先代・蓬田紀枝子を経て「駒草」を継承することになった。この経験の中で睦にとっての高原は「師でもあった父」から「父でもあった師」になったのだ。筆を取る姿に本当の巣立ちを済ませた風格がある。清冽な初硯から、勝手に想像する。
(西山ゆりこ)
一滴に匂ひ立ちたる初硯

西山睦

 社団法人俳人協会 俳句文学館632号より