今日の一句:2022年06月

六月一日
なえんでうえあぜふなせり有山八洲彦

農業の中で最も荷酷だと言われた田植が機械化されて久しい。水を張った田の大海へ田植機が堂々と舟出してゆく。

「有山八洲彦集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 一三)

六月二日
ゑて四方よも外輪山がいりんざん縣 恒則

阿蘇への吟行。外輪山に抱かれたように、田が青青と植えられていた。外輪山に囲まれた平和な田園風景。

「縣 恒則集」
自註現代俳句シリーズ一二( 一四)

六月三日
しいくや隠岐おきみなと松前まつまえ古田紀一

夏季鍛錬会を企画してくれた隠岐の仲間の世話で、初めて隠岐島に来た。北前船の盛んであった時代のことが屋号よりうかんだ。

「古田紀一集」
自註現代俳句シリーズ一二( 一二)

六月四日
鴨足草ゆきのしたふはふはいて世阿弥ぜあみろん鈴木鷹夫

あの群生する鴨足草の花は中々幽玄である。吾が家の鴨足草も年々繁殖して手がつけられぬ程だが花は愉しみだ。机上に「花伝書」がある。

「鈴木鷹夫集」
自註現代俳句シリーズ六( 三八)

六月五日
とこげやにわ南瓜かぼちゃはなざかり新田祐久

仲々床上げができなかった。立って歩く練習からしなければならなかった。

「新田祐久集」
自註現代俳句シリーズ五( 二四)

六月六日芒種
よきすずりすみおろすはなおうち川畑火川

気持のよい句、梅塢―書が上手だった―ゆずりの名硯がある。私は天下の筆下手、花樗―鳳来寺前の樗の花を思い出した。あそこも硯の産地。

「川畑火川集」
自註現代俳句シリーズ五( 三九)

六月七日
はな五分ごぶたましいひらきけり高橋悦男

日野市の高幡不動尊。境内の小さな池に白い花が浮かぶように咲いていた。折しも来合わせた同寺の川澄祐勝さんが藻の花だと教えてくれた。

「高橋悦男集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三五)

六月八日
紫陽花あじさいれてほそりしねこかお鍵和田秞子

川崎の郊外の東高根森林公園に吟行に行った時の句。朝からかなりひどい雨だったので、本当は止めたかったのだが、雨もまた良いことがある。

「鍵和田秞子集」
自註現代俳句シリーズ五( 一一)

六月九日
さんじゅう代終だいおわいくつもほたる辻 恵美子

源氏蛍の乱舞、これほどのものを見たことはなかった。現在の山県市美山町の奥。

「辻 恵美子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 五六)

六月十日
かびだたみみて往診おうしんしゅう徒病とや向野楠葉

警察署の依頼で拘留中の犯人の診察に行った。畳は窪んで黴くさく、思うように診察は出来なかったが、一抹の哀れを感じた。

「向野楠葉集」
自註現代俳句シリーズ五( 四〇)

六月十一日
ほととぎす山荘海抜千さんそうかいばつせんひゃく水原春郎

一樹の山荘は八千穂高原にあり海抜千五百である。健康に丁度よい高さだ。

「水原春郎集」
自註現代俳句シリーズ一一( 六七)

六月十二日
蕺菜どくだみにおのこりけり矢須恵由

ドクダミは根が深く生命力がある。匂いも独特で強い。抜いた利き手にはなかなか消えない匂いが。

「矢須恵由集」
自註現代俳句シリーズ一三( 一一)

六月十三日
六月ろくがつうみあおさをすく福島せいぎ

六十八歳の時、初めて北海道に旅をした。高野山大学時代の同窓会があり、妻と参加した。洞爺湖の水は青く、神秘の色を湛えていた。

「福島せいぎ集」
自註現代俳句シリーズ一三( 一二)

六月十四日
てんくこの六月ろくがつこうかな源 鬼彦

石狩川の河口は広い。海ではなく、天へつながっているかの感。しかも六月。いかにも気分が良い。気宇壮大とはこのことと実感。

「源 鬼彦集」
自註現代俳句シリーズ一一( 四四)

六月十五日
梅雨つゆだけつちげてゐたりけり髙崎トミ子

一つ一つには名前が付いているのだろう。有毒のものばかりではなさそうだが、手で触れる気にはならない。湿った土を押し上げている。

「髙崎トミ子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三一)

六月十六日
梅雨つゆだたみありたましいのみはし蓬田紀枝子

しっとりした畳に、足も見えなければ頭だってはっきりしない。ひたすら動くものがそこにあるだけ。

「蓬田紀枝子集」
自註現代俳句シリーズ五( 五七)

六月十七日
あたらしきねて明易あけやす藤田直子

川崎市北部の分譲団地に住んで三十年ほど経ったが、同じ団地内の少し広い所に転居した。古い団地だが、三ヶ月かけて改装した。

「藤田直子集」
自註現代俳句シリーズ一二( 三四)

六月十八日
河骨こうほねやわすれることはきること高岡すみ子

わすれて生きることの爽やかさもある。フランスでも「眼にはるかな人は心もはるか」と直訳するフレーズもあるとのこと。前へ進まねば。

「高岡すみ子集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 三〇)

六月十九日
でんにておしへるはや梅雨つゆづき田中英子

夜ごと、風に乗って笛・太鼓が聞えて来るので、音のする方を尋ねてみた。江の島神社のお祭の囃子を長老が小・中学生に口伝で教えていた。

「田中英子集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 二三)

六月二十日
あお梅雨つゆ一枚いちまいくしつや渡邊千枝子

黄楊の櫛を今も愛用している。青梅雨、櫛、艶と並べて、近松の世界を連想した。

「渡邊千枝子集」
自註現代俳句シリーズ八( 三)

六月二十一日夏至
たけうる安房あわ雨脚あまあしはやきとき大屋達治

嘱目の句ではない。先述のように、安房には篠竹が多く、たとえば庭に移植するなら、この吉日を選ぶだろうと考えたのである。折しも梅雨時。

「大屋達治集」
自註現代俳句シリーズ一一( 六五)

六月二十二日
あま城嶺ぎねぐれいつきにはつ鹿じか横山節子

天城湯ヶ野の俳句大会に参加した。当日句の入賞で立派なご褒美をいただいた。露天の風呂で河鹿の声と初めて意識した。

「横山節子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 六一)

六月二十三日
梅雨つゆふかおもひにこうきにけり伊東 肇

梅雨季はひとしお家の中が薄暗いので、昼間でも書斎を灯して、気分を変えるために香を焚いて仕事をすることが多い。

「伊東 肇集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三八)

六月二十四日
枇杷びわもぎてえだやはらかくもどしけり山崎ひさを

六月二十四日、富浦吟行。我々のために予約された一樹があり、自由に枇杷もぎを楽しむ。あや、眸の真摯な作句態度に学ぶ処多かった。

「山崎ひさを集」
自註現代俳句シリーズ四( 五三)

六月二十五日
おとり鮎空あゆくうもどされにけり福神規子

長い鮎の棹を撓ませて道志川に釣っている人を見ていた。逃がしたと見えて、囮の鮎は空を滑って手元に戻された。囮鮎の定めが哀れだった。

「福神規子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 四七)

六月二十六日
木洩こもあげくろまれたり仲村青彦

黒揚羽のビロードの照りを、抑え気味に詠めたことで気に入っている。

「仲村青彦集」
自註現代俳句シリーズ一一( 五八)

六月二十七日
山荘さんそうしょくおこたるあお木菟ずく伊藤康江

山荘での自炊は火を使うのは避けなるべく簡単に。

「伊藤康江集」
自註現代俳句シリーズ一一( 一八)

六月二十八日
蕉再しょうふたたずをつかに守宮やもり林 昌華

奥の細道の一部を遡行し、羽黒山を訪う。芭蕉が「有難や雪をかをらす南谷」と詠み、出羽三山巡礼の本拠となった南谷の遺跡においての作。

「林 昌華集」
自註現代俳句シリーズ四( 三七)

六月二十九日
おおうなぎよりもみ穴隠あながく細見しゆこう

鰻や鯰などの水槽には必ず穴か土管がある。そこに隠れたり出てきたりしているのだが、大鰻のある日突然演じた穴隠れ術は見事であった。

「細見しゆこう集」
自註現代俳句シリーズ四( 四四)

六月三十日
桟橋さんばし白服燦しろふくさんわかれかな小野恵美子

列車と違い情緒がある。別れは誰とのでも、また何とのでもよい。

「小野恵美子集」
自註現代俳句シリーズ八( 一九)