今日の一句

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俳句の庭

連載エッセイ

俳句文学館会報誌

今日の一句：2022年04月

四月一日

送電線山そうでんせんやまかけのぼり桜さくら咲さく	辰巳奈優美
送電線は、時に目障りのようだが、生活には欠かせないものだとも思う。山桜の淡々しさの中を、駈け上ってゆく頼もしさを感じた。 「辰巳奈優美集」 自註現代俳句シリーズ一三（ 一〇）

四月二日

かなぶんの眠ねむりこけたる葱坊ねぎぼう主ず	田島和生
かなぶんは余程、葱坊主が好きらしい。揺すっても飛ばない。 「田島和生集」 自註現代俳句シリーズ一一（ 四〇）

四月三日

満開まんかいの枝し垂だれ桜ざくらに日ひが包くるまる	泉　紫像
兼六園は桜の名所だが、年月を経て桜はめっきり少なくなった。だが、見事な枝垂桜はいよいよ健在である。 「泉　紫像集」 自註現代俳句シリーズ一一（ 二）

四月四日

ならべ売うる魚うおは筒つつ切ぎり春はるの蠅はえ	本井　英
一年間のフランス留学が許された。研究テーマは「フランスの四季の研究」。「マルシェ」では魚も売られているが、どれも「筒切り」。 「本井　英集」 自註現代俳句シリーズ一二（ 一六）

四月五日清明

夜よ桜ざくらの分ぶ厚あつき天てんを戴いただける	嶋田麻紀
夜桜にかむさる闇の分厚さを思った。文化の分厚さは、情念の分厚さ。花は事もなげに咲き、そして散る。 「嶋田麻紀集」 自註現代俳句シリーズ八（ 六）

四月六日

春しゅん星発せいはっ色しょく一いっ戸こに一人ひとりの母ははあるべし	磯貝碧蹄館
堀舟地区の母子寮に夕方の速達郵便を配達していて出来た句。一軒の家には一人の母がいなければいけない。河沿いの春星がまたたいていた。 「磯貝碧蹄館集」 自註現代俳句シリーズ三（ 二）

四月七日

白壁しらかべを野のとし飛とび来くる雨後うごの蜂はち	峰尾北兎
雨上り。足長蜂がさかんに白壁に突き当たっては唸っていた。花の咲く野を憧れて、殺伐とした街から逃れたい思いなのか。憎めない足長蜂。 「峰尾北兎集」 自註現代俳句シリーズ七（ 一）

四月八日

くわんおんの扉とびらを開ひらく春はる田たかな	石飛如翠
町内では四月八日に花祭をする。自治会の当番の者がすべて飾りつけをするが、もう田圃では農作業が始まろうとしている。 「石飛如翠集」 自註現代俳句シリーズ八（ 一七）

四月九日

サーカスの入いれ替かへ時どきや夕ゆう桜ざくら	小笠原和男
入れ替えの口上が拡声機ではじまる。ときどきピエロが顔を出す。サーカスといっても一級品ではない。 「小笠原和男集」 自註現代俳句シリーズ六（ 二六）

四月十日

春愁しゅんしゅうの電車でんしゃや壁かべのごとき男おとこ	有馬籌子
弱々しいお年寄りが乗って来た。というのに身じろぎもせぬ男。中年の女の人がやさしく席をゆずった。 「有馬籌子集」 自註現代俳句シリーズ五（ 三）

四月十一日

雲くも居いへと花はなつらなれり奥おく吉よし野の	伊東宏晃
深吉野の雲の高さまで、連綿とつづく花一色の世界に圧倒される思いである。〈深吉野の花の中なる仏たち〉〈花谿へ屏風立ちして吉野杉〉 「伊東宏晃集」 自註現代俳句シリーズ九（ 一〇）

四月十二日

畦あぜ塗ぬるや山やまにチヤペルを戴いただきて	下村ひろし
隠れの里善丁の教会は山頂近くにあり、信徒たちの田畑はその辺りから麓までつづいている。人々は田仕事を始める前に祈ることを忘れない。 「下村ひろし集」 自註現代俳句シリーズ三（ 一七）

四月十三日

添そひゆくもやがて遅おくるる花はな筏いかだ	雨宮きぬよ
花筏をずっと眼で追う。 「雨宮きぬよ集」 自註現代俳句シリーズ一一（ 一一）

四月十四日

投なげ入いれて泡あわを吹ふかせし種たね俵だわら	檜　紀代
泡を吹かせたい人、一人。 「檜　紀代集」 自註現代俳句シリーズ五（ 二五）

四月十五日

りんご咲さき髪かみの匂におひの通学車つうがくしゃ	成田千空
『白光』は明るさに溢れた時代である。夫人共々健康そのもの、津軽に千空在りと、その豊饒な詩情と自由な表現力は、俳人達を魅了した。りんごの国にりんごが咲き、乙女達の頬も未来に輝く。通学列車の明るさは千空の心の明るさに他ならない。（ 榑沼清子） 「成田千空集」 脚註名句シリーズ二（ 七）

四月十六日

火か口原半円こうげんはんえんにして麥青むぎあおむ	石原　透
火口原は、本来は真円なはずであるが、長年の風雪の浸食により崩されて、今は半円になっている。その半円中で麦畑が青み春爛漫である。 「石原　透集」 自註現代俳句シリーズ一〇（ 四九）

四月十七日

イースターの大おおき空何画そらなにえがくべき	坂口匡夫
この年のイースター、横浜の山手教会で主任司祭バーグ神父より洗礼を授かった。イースター当日は晴天、私にとっての新しい空であった。 「坂口匡夫集」 自註現代俳句シリーズ一〇（ 四五）

四月十八日

老残ろうざんの身みにつつじ炎もえ松まつ炎もゆる	菊池麻風
老残の身にむせるような新緑の生気、そのうちで特につつじと松の花に圧倒される。 「菊池麻風集」 自註現代俳句シリーズ四（ 二〇）

四月十九日

遍へん路女ろめの背せなの梵ぼん字じのみな同おなじ	安食彰彦
我が家の前に「祐蔵」と刻んである地蔵を祀る祠堂がある。「弘法さん」と呼び楯縫郡の札所となっている。祐蔵は我が家の四代目である。 「安食彰彦集」 自註現代俳句シリーズ一一（ 一七）

四月二十日穀雨

半々はんはんに買かふ椿つばき餅もちさくら餅もち	八染藍子
店頭に見かけると、父と母の句〈桜餅陶磁の歴史美しく〉〈椿餅葉かげの花をおもひ食ぶ〉をすぐにおもい出す。 「八染藍子集」 自註現代俳句シリーズ六（ 三一）

四月二十一日

離はなれざる教きょう師しの澱おりや春はる湯ゆざめ	下鉢清子
何かにつけて「やっぱり教師だね。」と言われる。そんなものであろうか。 「下鉢清子集」 自註現代俳句シリーズ七（ 三四）

四月二十二日

子この起たち居いよそよそしくて春はる蚊出かいづ	市村究一郎
男の子は、いつも反抗的だ。だから神妙にしていると、却って気にかかる。そこへゆくと、女の子は時によそよそしくなるだけ。 「市村究一郎集」 自註現代俳句シリーズ四（ 七）

四月二十三日

設計せっけい図ずに神棚かみだなの位置いち風光かぜひかる	毛塚静枝
娘夫婦と一緒に住むことになり、家を新築することになった。設計図に小さいながら神棚の位置がしるされてあったのが嬉しかった。 「毛塚静枝集」 自註現代俳句シリーズ一〇（ 一二）

四月二十四日

手てのあきしとき春愁しゅんしゅうのつのるなり	山下喜子
女が手を遊ばしてたら、あきまへんェ。私達の年代は、そんな躾であった。 「山下喜子集」 自註現代俳句シリーズ五（ 三五）

四月二十五日

呆ほけ憩いこふほとり寄居虫やどかりうごきだす	原　柯城
岬端の礁畳に寝そべって、雲を眺めつつ放心のひととき。うごかない私に安心して、かさこそと音を立てて、私のまわりをうごき出す寄居虫。 「原　柯城集」 自註現代俳句シリーズ四（ 三九）

四月二十六日

妻つまひとり娘むすめ二人ふたりや芝しばざくら	有働　亨
春の一日、芝桜の上に足を投げ出して屈託もない妻子の姿をそのまま句にしてみた。「妻ひとり」は当り前と評されたが、俳句は理屈ではないのだ。 「有働　亨集」 自註現代俳句シリーズ四（ 一二）

四月二十七日

春はるの炉ろに横よこずわりしてゆめうつつ	加藤三七子
馬籠の宿には大きな春の炉があった。藤村の詩の女たち、おえふ、おきぬ、おさよ、おくめとおもった。みんな熱きおもいの恋の女たちであった。 「加藤三七子集」 自註現代俳句シリーズ三（ 一〇）

四月二十八日

樏かんじきの用ようなく掛かかる暮ぼ春しゅんかな	清崎敏郎
樏は言うまでもなく雪中を歩くときに履くもの。その樏が、今は用がなくなって土間の壁にかけてある。深かったこのあたりの雪も消えて、春も行かんとする末の頃。三和土に差し込んでいる陽光もなんとなく気怠く感じる。あたりに人の影はない。( 新井ひろし）

四月二十九日

バタやんへ「オッス」と返かえす昭しょう和わの日ひ	竹村良三
唄い始めに必ず「オッス」と挨拶、これに観客がまた「オッス」と返す。こんな昭和の日が懐しい。「バタやん」とは歌手、田端義男。 「竹村良三集」 自註現代俳句シリーズ一三（ 九）

四月三十日

藤ふじも花はな過すぎてはもどる謐しずかな夜よ	千代田葛彦
さくら時の華やぎから藤いろの春も過ぎては、また静謐な夜が戻るばかり。 「千代田葛彦集」 自註現代俳句シリーズ二（ 二五）