今日の一句:2020年12月

十二月一日
たきしててらおきて刻燃ときもや高岡すみ子

寺には寺の掟が厳然とあって、掟の刻が来るまでは焚火をして寒さをしのぐ。その一方で、待ち時間の焚火こそ拝観する心の準備といえる。

「高岡すみ子集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 三〇)

十二月二日
冬靄ふゆもやのそこひにみず使つかおと下里美恵子

水音が途絶えたと思ったら、朝靄の中から母が現れた。起き抜けに濯ぎものをしていたらしい。

「下里美恵子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 四九)

十二月三日
自画じがぞうひとのこせるふゆもず古田紀一

風景画の父親に自画像があるとは思っていなかった。整理していたら出て来た。

「古田紀一集」
自註現代俳句シリーズ一二( 一二)

十二月四日
かお見世みせかぜじょうとなりにけり鈴木鷹夫

江戸時代、毎年十月に各劇場で役者の更新契約が行われた。十一月には新しい顔ぶれで御目見得興行がなされた。それを顔見世という。現在では毎年十二月に京都四条の南座で東西名優の顔見世が有名。京の冬は厳寒。いざ寒風の四条へ出かけよう。( 梶本きくよ)

 
「鈴木鷹夫集」 脚註名句シリーズ二( 一〇)

十二月五日
とおとおこいゆるよふゆなみ鈴木真砂女

最初の夫との恋もM氏との恋も海辺で始まった。昭和十三年、鴨川吉田屋の女将の座にありながら、鞄一つを持って長崎大村まで会いに行ったM氏との恋。それから五十年の歳月が過ぎる。八十四歳の真砂女に、なお冬波の海が安房から長崎まで続いている。( まさ子)

 
「鈴木真砂女集」 脚註名句シリーズ二( 四)

十二月六日
たけつてかごつくろふじゅうがつ栗田やすし

長良川河畔の杉山鵜匠の庭での所見。鵜匠自ら庭に敷いた茣蓙に腰をおろして鵜籠を繕っていた。

「栗田やすし集」
自註現代俳句シリーズ九( 一四)

十二月七日大雪
きざんでもねぎではかず独身どくしんじゅつ鈴木栄子

職員室にいくと、夜学に通っている事務員さんが泣いていた。「同じ年頃で、皆は生徒、彼女は働いている。分るね」と担任の先生が言った。

「鈴木栄子集」
自註現代俳句シリーズ四( 二八)

十二月八日
鮟鱇あんこうきも頭怠あたまおこた下田 稔

鮟鱇の肝は肴に一番。あんきもと呼んで珍重した。酒の旨さも手伝って考えることのないひととき。

「下田 稔集」
自註現代俳句シリーズ七( 五〇)

十二月九日
ひとときをほろほろわらだいだき山上樹実雄

洛西鳴滝の了徳寺に親鸞上人を偲ぶ大根焚の行事がある。大鍋で油揚と焚きあげた素朴な味はさすが、熱いのをふうふうほろほろと食べながらおのずから口先がゆるむ。笑いもまた信仰。

 
「山上樹実雄集」 自註現代俳句シリーズ五( 五五)

十二月十日
とまきずつけわし爪曲つめまが高本時子

北口茂山さんの一周忌法要のあと、峠先生、吉村宵雨氏、山本八重子さん達と天王寺動物園へ。よく吟行を御一緒した故人を偲びつつ。

「高本時子集」
自註現代俳句シリーズ七( 五一)

十二月十一日
紙漉かみすきかがみおのれのみうつ津田清子

吉野、国樔村昆布氏の紙漉場。

「津田清子集」
自註現代俳句シリーズ三( 二一)

十二月十二日
面売めんうりめんのうしろのうきどり中村明子

人生描写の句である。面の世界は虚の世界。浮寝鳥は真実。風景の深部へ意志的な眼によって得られた洒脱さである。――加賀美子麓氏評。

「中村明子集」
自註現代俳句シリーズ七( 二六)

十二月十三日
ぶくれてかげまでははてゐたり渡辺雅子

作者の俳句世界の特色はユーモアにある。それはゆとりの心です。物事を肯定的に捉えるのです。不恰好な自分を積極的に諾う。と復本一郎先生の評。

「渡辺雅子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 二六)

十二月十四日
ゆきつや討入うちいり蕎麦そばひざならべ河北斜陽

俳句仲間と、京都東山二条の寺院での義士会に詣でた後、討入蕎麦をいただく。義士討入の夜の雪を偲い、曇天からの降雪を希う心。

「河北斜陽集」
自註現代俳句シリーズ六( 五)

十二月十五日
かれ野行のゆみゃくつものをつつ比田誠子

この句は後日、大串章主宰の著書、『自由に楽しむ俳句』に、枯野の例句として取り上げていただいた。

「比田誠子集」
自註現代俳句シリーズ一二( 二九)

十二月十六日
だいじゅつ団枯だんかれえてきたりけり倉田春名

村の公民館は魔術団が来演中である。辺鄙な片田舎を廻る旅の一座に老幼の観客は大喝采を送る。バスの中にも「大魔術団」の広告がでていた。

「倉田春名集」
自註現代俳句シリーズ六( 五三)

十二月十七日
くらがりにけもののにおひおんまつり梶山千鶴子

十二月十七日の夜。奈良春日若宮おん祭の還幸祭の列に伍す。御旅所から神社まで神様が還られるのだ。

「梶山千鶴子集」
自註現代俳句シリーズ七( 七)

十二月十八日
海鼠このわたさいかずすすりをり能村研三

海鼠腸は高級珍味。それが何であるかを詳しく聞かないうちに味わってしまったが、一気に啜ってしまうとあっという間の出来事だった。

「能村研三集」
自註現代俳句シリーズ一一( 六三)

十二月十九日
枯芝かれしばうましてゐたり多田薙石

東京競馬場。鶴に柚山美峯さんと言う草月流の先生がいて、その御主人が中央競馬の監督官をしておられた。時に招待していただいた。

「多田薙石集」
自註現代俳句シリーズ六( 一五)

十二月二十日
中邦なかくに衛氏えし握手あくしゅおおくさめ岬 雪夫

ロスアンジェルスのホテルニューオータニでばったり会って握手。帰りもまた偶然同じ飛行機。俳優の田中邦衛氏と私は同郷である。

「岬 雪夫集」
自註現代俳句シリーズ八( 二)

十二月二十一日冬至
柚子湯焚ゆずゆたくけむりにゆう日揺ひゆらぎ小林俊彦

「武蔵野」と前書。東久留米市学園町付近は邸も大きく、今でも落葉や薪で外湯を焚く風景を垣間見ることがある。

「小林俊彦集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 三八)

十二月二十二日
大寺おおでらそう除地じじごくふゆ紅葉もみじ佐藤信子

福井の曹洞宗大本山永平寺。ご案内の僧侶が漏らされた「掃除地獄」という言葉に親しみを感じたが、掃除こそ修行の原点である。

「佐藤信子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三三)

十二月二十三日
煤払すすはらめいけいまだうご青木華都子

実家から譲り受けたもので、振り子のついているぼんぼん時計。振り子の両脇を螺子で巻くといつ迄も使える。

「青木華都子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 五〇)

十二月二十四日
降誕こうたん拝波はいなみつしづけさよ下村ひろし

堂内には数多の信徒が粛然と並んでいた。一斉に跪拝が行われると、信徒の列は静かな波を打った。傍観者の吾々も厳粛荘厳な雰囲気の中にいた。

「下村ひろし集」
自註現代俳句シリーズ三( 一七)

十二月二十五日
胸中きょうちゅうせいかがやくじゅうがつ古賀まり子

十二月は誰も神を思う月。街に讃美歌が流れ、神の言葉がふえる。

「古賀まり子集」
自註現代俳句シリーズ四( 二二)

十二月二十六日
街角まちかどひとれやすきかざり上野章子

臨時に組み立てて街角に出っぱって出来た露店にお飾があふれていた。乾いた藁の音が人の肩が触れるたびにした。

「上野章子集」
自註現代俳句シリーズ三( 四)

十二月二十七日
極月ごくげつのこされしものはげまねば村上しゅら

「波郷先生亡く、阿部思水先生急逝して一年を経んとす」の前書がある。

「村上しゅら集」
自註現代俳句シリーズ三( 三四)

十二月二十八日
とししむ鴎外橋おうがいばしうえ向野楠葉

桃郊師の逝去後の「木の実」を引き継ぐことを受諾したことを後悔しながら、納め句座に參ずるため鷗外橋を渡った。俳誌発行の厳しさ。

「向野楠葉集」
自註現代俳句シリーズ四( 四〇)

十二月二十九日
あくのための空席一くうせきひとふゆさけ磯貝碧蹄館

花も何も飾ってない、殺風景な席は悪魔の席かもしれない。いや、むしろ「悪魔の席」として、私はとって置きたい。親愛なる悪魔のために。

「磯貝碧蹄館集」
自註現代俳句シリーズ三( 二)

十二月三十日
歳晩さいばんおおまえなみるる三浦恒礼子

舟蔵などののこる網元。大きな門構えである。雲の余映をのこした海が暮れて、歳晩の波音が大戸にひびく。

「三浦恒礼子集」
自註現代俳句シリーズ四( 四七)

十二月三十一日
点線てんせんぐに歳詰としつま小浜史都女

キリトリ線にミシン目の入っていないのがあり、鋏で切るのだが、真っ直ぐ線どおりに切るときの緊張の一瞬。

「小浜史都女集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三四)