第61回 全国俳句大会 一般の部

【大会賞】

帰省子の寝転ぶ畳拭いて待つ   松下宏民(神奈川県)

徘徊の母を日傘に包み込む   江藤隆刀庵(兵庫県)

雪がふるおとぎ話をするやうに   赤繁忠弘(北海道)

人に会はねば白服の白きまま ※発表後に取消し

遺産なく遺品は多し梅真白   石本悦夫(東京都)

 

 

【秀逸賞】

百段を掃きおろしたる落葉かな   倉谷安子(神奈川県)

水馬のふんばる田水落しけり   鈴木勝也(宮城県)

みそ汁を鍋ごと運び火事見舞   若林杜紀子(東京都)

交番の壁に祭の予定表   清水ゆみ子(東京都)

胡麻干して空海の寺まもりけり   坂本たか子(広島県)

三陸の海へ卒業報告す   尾崎恵美子(愛知県)

持ち出せし物みな雪を積む火事場 富田範保(愛知県)

木曽殿のうしろに拾ふ落し文   池田華甲(京都府)

苗札を立てまちがへたかも知れぬ   早坂洋子(東京都)

さへづりや触読の指ふと止り   藤岡満(大阪府)

 

※各選者の特選は3句ですが、類句や既発表句があった作品は削除しています

伊藤伊那男特選

人に会はねば白服の白きまま ※発表後に取消し

  

今井聖特選

人に会はねば白服の白きまま ※発表後に取消し

 登山靴の男の隣る美術館   植村可南

  この一句で山の麓が想像される美術館の位置と、登山と美術に興味を持つ男の性格が解る。

売りに行く古ブランデー夏の月    江見悦子

 古酒売買の市場が一般的に存在するということは明瞭だがそれを詠んだ俳句を見たのは初めて。


今瀬剛一特選

百段を掃きおろしたる落葉かな   倉谷安子

 スケールが大きい。一気に言い下した叙法が快い。掃き終へて階を見上げているのだろう。

人に会はねば白服の白きまま ※発表後に取消し

 剪定をしてゐるらしき松の揺れ   須賀ゆかり

  よく見ている。沢山の植木の中の一本の松が異様に揺れている。剪定師は松の中にいるのだ。

 

大石悦子特選

花吹雪くたびに昂ぶる母の手話  逸見彬有

 聾唖者の母の思いはすべて手話で伝えられる。その手ぶりの激しいとき、母の感動は大きい。

徘徊の母を日傘に包み込む   江藤隆刀庵

  炎昼、徘徊する母を追い火照る体を日傘に抱き取る。懸命な動作に母への思いの深さが知れる。

 

大串章特選

綾取りの橋に名は無し水温む   きくち宏

 確かに綾取りの橋には名前がない。発想がおもしろい。季語「水温む」も効いている。

俳諧といふ逃げ水に追ひ付けず   佐々木典子

 俳句は楽しいが難しくもある。推敲してもなかなか核心が掴めない時がある。「逃げ水」のよう。

百歳の柩に入るる春帽子   亀井しげみ

 「百歳」と「春帽子」が和やかにひびき合う。晩年に至るまで愛用された帽子であろう。

 

小川軽舟特選

胡麻干して空海の寺まもりけり   坂本たか子

 「胡麻干して」に寺を守る集落の様子が見える。聖と俗が一つになった暮らしがなつかしい。

露けさや山の校舎に灯が一つ   坂本たか子

 職員室の灯だろうか。山の小さな学校の児童たちの成長を祈るように静かに点っている。

 

小澤實特選

草刈の耳のなかから草の屑   前田留菜

 草刈がきわめて激しい労働であることを、耳の中にまで入り込んだ草の屑が想像させてくれる。

梁すべる青大将の太き腹   高嶋あけみ

 梁を滑るように進んで来る青大将、その太き腹を即物的に捉えたのがいい。神々しさを覚える。

寺の子の初の法衣や桜咲く   石松昌子

 寺の子が成長、初めての法衣を誂えた。将来子に託そうという親の喜びが桜の開花と重なる。

 

櫂未知子特選

三尺の橋にも名あり返り花   安田一義

 小さいけれど大切な発見がこの句にはあります。季語の選択の的確さにも心打たれました。

 

反故を焚く小さきくれなゐ久女の忌   矢野みはる

 杉田久女の生涯を思うとき、この句の「小さきくれなゐ」は胸に迫ってきます。美しい作品です。

 

手のひらの仔猫のぬくみ軽ろからず   郡司幸子

 実際の「仔猫」はかなり軽いはず。しかし、命の重みを思うとき、このように感じたのでしょう。

 

角谷昌子特選

掌に温き牛の胎動クリスマス   東洸陽

 母牛の腹に掌を当てると新しい命の胎動が伝わってくる。まさにキリスト生誕の喜びと重なる。

一本の糸に委ねて子蜘蛛散る   小野薫

 糸に命を委ねるさまは、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』のよう。紡糸や空中飛行の能力は底知れない。

砲煙か焦土の灰か霾れり   市原久義

 大陸からの黄土には、戦地の禍々しい物が混ざっていよう。戦争への怖れと悼みが込められた。

 

加古宗也特選

島人の半分は海女鹿尾菜刈る   阿部正調

 島の大きさと島人の暮しぶりが、ざっくり大〓みに描写されていて心地よい。潮の匂いがする。

帰省子の寝転ぶ畳拭いて待つ   松下宏民

 帰省子がふるさとへ帰ったという実感を持つのはどんなときか、それを熟知している母親の愛。

三人の卒業あすは島離る   野田ますみ

 離島の中学校を卒業する三人。即ち、高校進学あるいは就職のため島を離れる。「あす」がいい。

 

柏原眠雨特選

遠足の日記はみんな猿のこと   秋谷美智子

 誰もが一番楽しかったのが猿山。みなの目の輝きまで伝わる巧みな句。

新調の靴春泥を踏み赴任   本間ヱミ子

 新任地は都会を離れた所。心弾ませて新調した靴も泥で汚れた。それでも仕事への期待は大。

仲見世を逸れ風鈴の音色かな   望月澄子

 仲見世の賑わいを離れると、風鈴の小さな涼しい音が耳に入った。ささやかだが豊かな風趣。

 

片山由美子特選

雪がふるおとぎ話をするやうに   赤繁忠弘

 「おとぎ話のやうに」ではなく「~をするやうに」という比喩によっていきいきとした作品に。

全身が海の匂ひの日焼の子   西浦すみ恵

 日焼けした上に海の匂いまでしみ込んでいるという子の、元気の塊のような姿をとらえている。

 

栗田やすし特選

凍蝶や日へ今生の翅ひろぐ   鵜川久子

 凍えたようにじっとしていた蝶が弱々しく拡げた翅を「今生の翅」と捉えた作者の思いは深い。

せせらぎの音を聞きゐる端居かな   坂本たか子

 風通しの良い縁先で涼をとっている作者。「せせらぎの音を聞きゐる」が具体的で郷愁を覚える。

避難指示解けたる土地や麦青む   海老原元彦

 放射能汚染で避難を余儀なくされていたが、避難指示が解け、青々と茂る麦に感慨一入の作者。

 

古賀雪江特選

春の雪ふつと日ざしの戻りたる   樋口千惠子

 照り翳りする中で降る雪であり、折々ふっと戻る日差しに明るく軽快な春の雪の様子が見える。

おぼろ夜や内ポケットに着信音   大塚功子

 身ほとりのものが朦朧とある朧夜、内ポケットの振動音すら、かなたから届いてくる音の様だ。

 

小島健特選

徘徊の母を日傘に包み込む   江藤隆刀庵

 この無限の愛に、心底感銘しました。嗚呼、母よ! 万人の胸を打つ普遍性に泣きました。

湧きあがる銀河の如し蛍烏賊   内田廣二

 何と雄勁な比喩・叙法でしょう! 蛍烏賊も張り切って、ますます強い光を発します(笑)。

凩よ我の老いたる魂を撃て   田子慕古

 自分自身を鼓舞激励する如き作に拍手! 俳句には自他を慰め励ます強い力があります。

 

佐怒賀直美特選

冬菫少女の影の中に濃し   松永浮堂

 童話の一場面のよう。清純なる「少女」と、凜と咲く「冬菫」との対話が聞こえて来るようだ。

清明や木陰にゆるき山羊の綱   前田貴美子

 常より対象をしっかと見つめる句作りをされているのだろう。「ゆるき」が言えそうで言えない。

孕み鹿頸やはらかく座りたる   市村和湖

 前句同様、「頸やはらかく」が手柄。この「孕み鹿」のゆるやかな姿は、正しく母性そのものだ。

 

鈴木貞雄特選

徘徊の母を日傘に包み込む   江藤隆刀庵

 認知症で徘徊する母をやっと見つけたのだ。「日傘に包み込む」に、愛憐の情が溢れている。

帰省子の寝転ぶ畳拭いて待つ   松下宏民

 都会では畳の生活が稀である。帰省する子が大の字で寝られるように、畳を浄めて待つ親心。

 

鈴木しげを特選

三代の島の医院や青芭蕉   中村文子

 三代に亘る町医。島人の暮らしにとってどんなに頼りになることか。青芭蕉が海風に翻る。

響かせて生家の竹を伐りにけり   羽生雅春

 生家は広大な竹山を有しているのだろう。秋定まった竹山に竹伐りの音が響く。誇らしい一句。

母たのし死後を語るも花の下   嶋田伸子

 老い母は今年も万朶の桜を見ることが叶ったとよろこぶ。今生も死後の花も夢の如くに美しい。

 

染谷秀雄特選

九日を菊見て十日逝きにけり   長尾七馬

 丹精込めて育てた菊が咲き出した。日々眺めてきて十日、その人は卒然と逝ってしまった。

海峡へ日は傾けり涅槃西風   畑下信子

 早くも海峡へ日が傾いてきた。彼岸になってきたというものの、吹く西風には寒さを感じる。

映しゐる天守崩して藻刈棹   山岡秀

 お堀に繁茂した藻を舟上から棹を使って刈り取る。その度に水面に映る天守が揺れては崩れる。

 

徳田千鶴子特選

三陸の海へ卒業報告す   尾崎恵美子

 東日本大震災から11年。当時の子供達も卒業を迎え、日常を奪った海へ家族へ思いを伝える。

たましひの後退りする踏絵かな   牛飼瑞栄

 長崎で見た踏絵の意外な小ささ。踏まねばならぬ苦渋に圧倒された。魂の叫びとの乖離が辛い。

 

中原道夫特選

麦の秋禾は雨滴を貫いて   新井竜才

 微小な麦の穂先の突起のぎを活写。実際は雨が纏わり付いたのだが貫いたとした表現の手柄。

煤逃げと笑まひ入院され給ふ   枡野雅憲

 一寸そこまでという感じ。心配させまいとして入院する他者への気配りが人柄を感じさせる。

炎天の万物動かざるが如   桐野梅子

  炎天であればむしろ陽炎の様な揺らめきの感じを、逆に静止画像にすることで暑さを表現した。

 

仲村青彦特選

種採つて関東平野一望す   竹田しのぶ

 種を採る収穫の喜び、来たる年への希望を「関東平野一望す」と大地の歓喜として詠んでいる。

蒼天へ文語のままの卒業歌   折原れつ子

  「文語のまま」とは歌い継がれ、かつて父も母も歌ったの意。蒼空がこの文化を讃えている。

 

西嶋あさ子特選

余生にも百年の計苗木植う   瀬野尚志

 老い先を思うより、命の接ぎ木のように苗木を育てよう。やわらかな新芽に未来を託す幸せ。 

一枚は句座となりたる花筵   牛飼瑞栄

 明るい景につつまれ、心知れたる仲間と集えばおのずと句座。今のご時世、回想とも願いとも。

 

西村和子特選

日傘振る別れの言葉届かねば   曽我部剛生

 もはや言葉が届かなくなった別れとは、。船の別れか。小さな港の情景が見えてくる。

雪見酒ととのはぬ間に止んでをり   入野ゆき江

 雪見酒を楽しもうと用意している間に雪は止んでしまった。落胆とおかしみが残る句。

苗札を立てまちがへたかも知れぬ   早坂洋子

 どれも同じような苗なのだろう。まあいいか、そのうちわかる。俳諧味のある作品だ。

 

西山睦特選

東京に時刻を戻し休暇果つ   清水ゆみ子

 普段の忙しさから解放された休暇をゆったりと。東京に帰れば、時間に追われる日々が始まる。

白鷺の肌の透きゐる抱卵期   畑野圭子

 肉体的消耗が激しい抱卵。餌を獲りに行くのもままならない。ひたすら子に仕える親鳥の姿。

研究の器具を洗ひて卒業す   高橋菊江

 続けていた研究とも別れ、卒業後の世界へ。器具を丁寧に洗いながら別れを噛み締める。

 

野中亮介特選

戦火にて知る国のあり鳥帰る   小山秀行

 戦争に巻き込まれることによって初めて知る美しい小国の名。なんと皮肉なことであろう。

持ち出せし物みな雪を積む火事場   富田範保

 火事のなかよりやっと持ち出せた大切な物。降り出した雪が癒すかのように積もって行く。

登山靴の男の隣る美術館   植村可南

 土のまだついた登山靴のままに熱心に見入る絵画とは一体どのようなものだったのだろうか。

 

能村研三特選

払暁を神に触れむと鷹柱   新垣富子

 あかつきに上昇気流に乗って悠々と高く昇っていく鷹は神々と交信しているのだろう。

独楽打つや大きく空に紐をかけ   福田由美子

 独楽は投げて引いてこそ勢いよく回る。空を仰ぎ空に紐をかけるほどの力を込め独楽を打った。

 

蟇目良雨特選

木曽殿のうしろに拾ふ落し文   池田華甲

 同じ源氏の出ながら頼朝に討たれた木曾義仲の悲憤慷慨の文を墓石のうしろに見付けたか?

寂聴の愛の説法山笑ふ   松村勝美

 寂聴さんが青空説法で話したことは、人を愛すること、とにかく生きること。山の笑うように。

帰省子の寝転ぶ畳拭いて待つ   松下宏民

 帰省子の実家での居場所は広々とした畳の上。母はそれを知っていて寝転ぶ畳を拭いて待つ。

 

福永法弘特選

角伐の鹿に宛がふ枕かな   中島たけ子

 興奮して暴れる鹿が怪我をしないように、枕を添えてやる。優しさといたわりが伝わってくる。

おぼろ夜の孤舟めきたる駅ピアノ   牛飼瑞栄

 朧夜、駅ピアノを誰かが弾いている。周りに人影はなく、まるで孤舟のようだ。寂しさが募る。

水馬のふんばる田水落しけり   鈴木勝也

 稲刈の前には水を落として田を乾かす。流されまいと懸命に踏ん張る水馬が目に浮かぶ

 

藤本美和子特選

赤子泣く声する方を恵方とす   渡里トモ枝

 「恵方とす」という作者の明確な意思表示と元気な「赤子」の存在がリンクするめでたさ。

ジャングルジムどこへ抜けても秋の空   塚本佐市

  ジャングルジムの輪郭が鮮やか。秋澄む頃の季節感を「空」と遊具一つでシンプルに描ききった。

 

星野恒彦特選

みそ汁を鍋ごと運び火事見舞   若林杜紀子

 いわゆる「炊出し」の場面。「鍋ごと運び」に臨場感が横溢していて、近隣の絆に心温まる。

遺産なく遺品は多し梅真白   石本悦夫

 相続税の対象になるものはなく、趣味豊かな充実した生涯を想う。「梅真白」がいさぎよい。

初蝶のうしろよちよち幼児くる   氏家亨

 ほほえましい光景がすぐ目に浮かぶ。「ち」「よ」の音をこきざみにくり返すリズムが効果的。

 

松尾隆信特選

流し雛笑顔のままに壇の浦   田村靖子

 平家の公達の沈んだ壇の浦。ほほえんでいるように見える流し雛が、滅亡のあわれを深くする。

湧きあがる銀河の如し蛍烏賊   内田廣二

 富山湾の蛍烏賊の産卵の群。湧昇流に乗って星屑のように湧きあがる蛍烏賊は海中の銀河。

離離離離と終の声出す昼の虫   木原登

 最後の力をふりしぼって鳴く昼の虫の声を離離離離と漢字で表現。命終の音色が形象化された。

 

松岡隆子特選

たましひの後退りする踏絵かな   牛飼瑞栄

 処罰されると分かっていてもどうしても踏めない踏絵。後退りする魂の悲痛な声が聞こえる。

戦争の裏側にゐて雛飾る   渡邉幸子

 雛飾りの前で今も何処かで繰り返されている戦争の殺戮を憂える。戦争と裏腹の平和の尊さ。

 

三村純也特選

喧嘩独楽傷の数だけ勝ちにけり   郡千惠子

 連戦連勝してきた独楽には、たくさんの傷が付いている。その傷の数だけ勝ち抜いてきた雄姿。

三陸の海へ卒業報告す   尾崎恵美子

 大震災の津波で親族を失われたのであろう。大切な人を呑み込んだ海へ卒業を報告する悲しみ。

交番の壁に祭の予定表   清水ゆみ子

 祭に神輿が練り歩く。その警備のために、巡幸の経路や時刻が貼り出してある。ある緊張感。

 

村上喜代子特選

雪がふるおとぎ話をするやうに   赤繁忠弘

 雪国の人は雪と闘いながら雪を楽しむ。降る雪が御伽噺のように聞こえることもあるのだろう。

方円に湖水の満ちて山笑ふ   村井松潭

 水は方円の器に従う。湖の形に従って隅々まで行き渡った湖水が放つ春光。山々も春めいてきた。

花ちるや園に老いゆく鳥獣   杉江美枝

 園に老いゆく鳥獣を誘うかのように散る桜。時に野生が目覚めることもあるに違いない。

 

森田純一郎特選

天花粉赤子をひよいとうらがへし   時政かね代

 赤ちゃんを俯せにして天花粉を付けたのだろう。「ひよいと」から手慣れた扱いぶりが分かる。

太竿のしなふほどにも楮干す   古谷彰宏

 蒸して皮を剥くた楮は晴れた日に干す。しっかりした写生により楮の重さを読者に伝えている。