今日の一句

四月二十六日
がるいま六根ろっこん清浄しょうじょうはなりんご成田千空


六根清浄は六根から生じる迷いを断ち浄らかな身になること。津軽がどうして六根清浄なのか、おそらく林檎の花が咲き揃い、清々しさが天地空間に満ち渡っている状態に感銘して、心底から発した言葉だったのではなかろうか。郷土愛が漲っている。
(三島静子)

 
「成田千空集」脚註名句シリーズ二(七)

四月二十五日
竹秋たけあきけものゐさうなやまいろ田所節子

葉が枯れたような色になっている竹山は、荒れて、けものが出そうな感じがする。

「田所節子集」
自註現代俳句シリーズ一二(三一)

四月二十四日
ほんうつくしきときリラのはな後藤夜半


四月二十四日、晴、牡丹会、草庵。「牡丹を生けて魔除の獅子頭」「牡丹も帯つきといふ粧ひも」といった作があるので牡丹は生けられていたもの。リラの方は多分庭のものであろうか。日本語の美しく使われたとき、リラもまた一際美しく見えたというのであろう。

 
「後藤夜半集」脚註名句シリーズ一(八)

四月二十三日
粉黛ふんたいたのしむ蝌蚪かとみずうえ西東三鬼


おたまじゃくしの水の上で粉黛(おしろいとまゆずみ。即ち化粧)をする女性の行為を〈娯しむ〉と観察した。なめらかなリズムの中に三鬼独自の技術。男性のまえで化粧しないのが女性のたしなみとされているから、この男女は特別な関係にあることになる。『今日』

 
「西東三鬼集」 脚註名句シリーズ一(九)

四月二十二日
すぎはなけぶるをちておおがらす佐野美智

ちかくの日向薬師の裏山で、杉の花粉の流れるように飛ぶのを見た。翼の濡れたような鴉が驚いてとびたつ。

「佐野美智集」
自註現代俳句シリーズ四(二四)

四月二十一日
まゆてあらかたあめがつかな進藤一考

製糸工場を見せて貰った。家内工業であった。繭を煮る甘い匂いが充満していた。甘い匂いが身に滲みた。この年の四月はよく雨が降った。

「進藤一考集」
自註現代俳句シリーズ二(二〇)

四月二十日
よるふじひとりでゐたきときもあり鈴木栄子

「ひとりでゐたきときもあり」というよりも、どちらかというと、いつもひとりでいたい方である。思うことがあるからだろうか。

「鈴木栄子集」
自註現代俳句シリーズ四(二八)

四月十九日穀雨
きょうしつ春愁しゅんしゅうかおして樋笠 文

教室に入る時は、おもむろに呼吸を整えてからドアを開ける。子どもは、動物的な感覚で大人の愁いを嗅ぎわける。

「樋笠 文集」
自註現代俳句シリーズ四(四〇)

四月十八日
せるわらなしはな野崎ゆり香

まだ藁屋が何軒かあった。新しく葺き足したその継ぎ目があざやかで、山梨の花が添うように白かった。

「野崎ゆり香集」
自註現代俳句シリーズ六(六)

四月十七日
まくなぎのきゅうたいめざし暮遅くれおそ仲村青彦

生れて間もない春のまくなぎは、水がまぶしいかのように、群になろうとしてはくずれ、なろうとしてくずれる。

仲村青彦  平成一一年作

四月十六日
あめにもけずかぜにもまけずねぎぼう桜井青路

葱坊主のあの太い首。まさに雨にも風にも折れない力を持っている。関取の首のような力強さをも持っている。

「桜井青路集」
自註現代俳句シリーズ八(三二)

四月十五日
裏返うらがえすたびかがやけるねこかな櫂未知子

十七年飼った猫が亡くなった直後、その猫の子猫時代を顧みて詠んだ句。はなはだ心が荒み、毎日毎日、涙を流し、八つ当たりしつつ過ごした。

櫂未知子
作句年2023年 「群青」『俳句年鑑』などに掲載

四月十四日
つぎのかぜまではらはらとやまざくら染谷秀雄

時折吹く風が心地よい。止むことなく散るがそれも次の風までだ、風を得た途端どっと散る。はらはらどっと繰り返す桜。

染谷秀雄 『灌流』所収

四月十三日
どつとりひらひらとさくらかな竹村良三

桜の散るさまを写生してみたが、この光景、とにかく飽きない。「散る」は「散り」か。

「竹村良三集」
自註現代俳句シリーズ一三(九)

四月十二日
はなうぐいとて金鱗きんりん朱一線しゅいっせん福田蓼汀

桜の頃鯎は金鱗が輝き、朱の一線が現われる。千曲川の〈うけば〉で投網でとり焼いてその場で食べさせてくれた。新鮮な色彩を忘れない。

「福田蓼汀集」
自註現代俳句シリーズ一(一三)

四月十一日
らっ花舞かまははねむらせちちねむらせ橋本榮治

父母が床に就くとともに机の前に坐し、「馬醉木」の記念出版の資料を求め、明け方まで文書を開いた。窓の外では闇に浮ぶ桜が舞い始めていた。

「橋本榮治集」
自註現代俳句シリーズ一二(四〇)

四月十日
西さいぎょう庵花あんはならくびにけり渡辺恭子

逢いに来し奥千本の西行庵は、花の奈落にちんまりとあった。

「渡辺恭子集」
自註現代俳句シリーズ七(四三)

四月九日
かんがわそそながはないかだ毛塚静枝

小石川後楽園の細川は神田川にそそぐという。途中に柵があり、花筏がいっぱい集まっていた。

「毛塚静枝集」
自註現代俳句シリーズ一〇(一二)

四月八日
ころもおさ灌仏かんぶつたまへり仁尾正文

近郷の臨斉宗方広寺派本山方広寺は歳時記に載る法会をすべて行う。八十歳をとうに越した老管長が衣手を抑えて灌仏をされていた。

「仁尾正文集」
自註現代俳句シリーズ一〇(二六)

四月七日
かざりしこと得々とくとくにゅうがく村上沙央

利かん坊だがよく泣きもする男の子。電話で入学式の様子を尋ねると、今日は泣かなかったと得意げな報告。

「村上沙央集」
自註現代俳句シリーズ一二(二〇)

四月六日
にまゐらすなりはなごろもこいごろも山口青邨

鎌倉虚子忌句会で作った。先生にお目にかける句だ、先生は色恋も何もかもわかった方、艶麗な句もお好きだ。そう思ってこんな句を作った。

「山口青邨集」
自註現代俳句シリーズ一(一二)

四月五日
宴盛えんさか満開まんかい花仰はなあおがずに里川水章

仕事帰りの社員たちの花見の宴。盃を傾けたり、歌声をはり上げるのに熱中。誰一人お花見などしていなかった。

「里川水章集」
自註現代俳句シリーズ八(一三)

四月四日清明
うちかむばかりにはなのしだれけり上田五千石

桜の花のしだれるのを「うち泣かむばかり」と表現されたところに、五千石先生の鋭い感覚が感じられる。女人のよよと泣き崩れるさまを彷彿させる。大木のしだれ桜が風に揺れる光景は、華やかな表面と裏側のはかなさを誰もが感ずるところである。(中田禮子)

 
脚註名句シリーズ二(一五)

四月三日
さん鬼死きし陽炎かげろうにげうしなひて小林康治

四月一日葉山町で西東三鬼が死んだ。三日の葬儀の昼前は激しい雨だった。鎌倉と逗子の間の峡の火葬場で三鬼の骨を拾った。

「小林康治集」
自註現代俳句シリーズ二(一五)

四月二日
九十きゅうじゅうははゐてつばめごもれり千田一路

母はちょうど九十歳。伊賀の「しぐれ忌」へ友情投句した句である。テーマ部門大賞の知らせを受けた。何万句の中からだという。恐縮。

「千田一路集」
自註現代俳句シリーズ九(一)

四月一日
黒猫くろねこまがかどありばんせつ岩永左保

猫にも行く先はある。ごもっとも。大きな黒猫がゆったりと角を曲った。今日は四月一日。

「岩永左保集」
自註現代俳句シリーズ一二(二八)

三月三十一日
アネモネや毒一匙どくひとさじうち德田千鶴子

アネモネはギリシア語で「風の娘」。揺れる赤紫色の花を見た時、その妖しさに惹かれた。実は私の心にも、気づかぬ毒があるかもしれぬ。

德田千鶴子  句集『花の翼』所載

三月三十日
とりぐもりつとせるもかばん畠山譲二

二十年間務めた会社を定年一年前で辞した。俳句一筋に生きようと心に決めたからである。清貧に甘んじての毎日だが、よかったと思っている。

「畠山譲二集」
自註現代俳句シリーズ五(四九)

三月二十九日
おち椿つばきぼうといふところ清崎敏郎

薩摩半島の南端に坊の津という港がある。その昔、島津藩の目を盗んで、中国と密貿易が行われて栄えたというところ。

「清崎敏郎集」
自註現代俳句シリーズ一(三〇)

三月二十八日
郎杉ろうすぎらすふん地震ないあるな青木重行

丹沢山の登り口にある杉の名は太郎杉という古い有名な神杉である。丁度この頃に起きた地震に向かって叫んだ言葉である。

「青木重行集」
自註現代俳句シリーズ九(三)