今日の一句

四月二十日穀雨
本読むは微酔のごとく穀雨かな鳥居おさむ

晴耕雨読の好季。久し振りに名著にめぐり逢えて興奮した。

「 鳥居おさむ集」
自註現代俳句シリーズ七( 三五)

四月十九日
蝶とぶや心に昔明滅し徳永山冬子

蝶のとび行くさまを見る。その羽の開閉に感興を覚え、その羽の閃々するのに合わせて遠い日の頃を追想する。蝶こそ古き日の友なれや。

「 徳永山冬子集」
自註現代俳句シリーズ二( 二六)

四月十八日
花菜漬夫の知らざる石重し殿村菟絲子

男性の日常は案外重い物を持たない。主婦は身に不調和なものを戦時中に背負い馴れた。漬物石はそれ程ではないがふと思ったことである。

「 殿村菟絲子集」
自註現代俳句シリーズ三( 二二)

四月十七日
朧なりグラス回せば花となる千代田葛彦

或る夜。歓楽境の片隅で。七分酔。

「 千代田葛彦集」
自註現代俳句シリーズ二( 二五)

四月十六日
駘蕩と湾へ伸びゐし防波堤木内怜子

同前作、長い防波堤は、うらうらした日和に、身を伸ばしくつろいでいるようだ。

「 木内怜子集」
自註現代俳句シリーズ七( 四一)

四月十五日
天山へ巣立ちし鷹に乗られしか岩永佐保

四月十五日。湘子先生御逝去。先生の句に< 天山の夕空も見ず鷹老いぬ>があれば。

「 岩永佐保集」
自註現代俳句シリーズ一二( 二八)

四月十四日
子を宙に吊る風船や水翳る井桁白陶

谷内六郎の童画が好評。赤い風船が水の上を頭を振りながら上昇する。白い糸を持った儘子供も空へ昇ってゆく。

「 井桁白陶集」
自註現代俳句シリーズ六( 三六)

四月十三日
啄木忌いくたび職を替へてもや安住 敦

敦は少年の頃から啄木が好きだったという。共なる貧しさに啄木をいっそう身近に感じたという。この句の原句は「 いくたび職を替へても貧」の由。実の処と敦はいう。万太郎は「 貧」を削り「 や」を入れたと。この「 や」が、後、俳壇で好評になった。( 雁梓幸)

「 安住 敦集」
脚注名句シリーズ一( 二三)

四月十二日
指組めば指が湿りぬ桜草鈴木鷹夫

この句は二、三の歳時記に載っている。私の句はこのような二句一章の形が多い。「 俳諧は取合せなり」と芭蕉も言っているが......。

「 鈴木鷹夫集」
自註現代俳句シリーズ六( 三八)

四月十一日
麗かや笑ひ仏の農夫顔羽部洞然

農夫顔の石仏は庶民の製作を思わせて面白かった。

「 羽部洞然集」
自註現代俳句シリーズ六( 四一)

四月十日
ひらく書の第一課さくら濃かりけり能村登四郎

教師生活に飽きた時でも新学年はさすがに緊張する。救科書の第一頁をひらくとあたらしい匂いがした。咲きはじめた桜はまだ紅の色が濃い。

「 能村登四郎集」
自註現代俳句シリーズ二( 三〇)

四月九日
はなびらのつけねのいろもはるのはて落合水尾

暮春。春たけてゆく陽光を浴びて、花びらの付け根の色が鮮明。そこにも春の終りのたぎるような叙情を見た。

「 落合水尾集」
自註現代俳句シリーズ六( 三四)

四月八日
師の下に馳す心尚虚子忌来る深見けん二

虚子先生に出会ったということが、私の一生を決定したとこの頃思うことが多い。まる二十年経っての虚子忌。

「 深見けん二集」
自註現代俳句シリーズ三( 二九)

四月七日
相聞歌心にありてこぶしの花中山純子

当てのない相聞歌に、白いこぶしの花が咲く。

「 中山純子集」
自註現代俳句シリーズ二( 二七)

四月六日
返事して新入生となりにけり縣 恒則

俳人協会第四十八回全国俳句大会大会賞受賞。

「 縣 恒則集」
自註現代俳句シリーズ一二( 一四)

四月五日清明
清明や菜屑へ土をかけてをり嶋田麻紀

御所人形が作りたくて野口光彦先生の塾で人形作りに励んだこともあった。子供の頃に親しんだ雛には御殿があり、官女は動く形だった。

「 嶋田麻紀集」
自註現代俳句シリーズ八( 六)

四月四日
八丈富士瑠璃春潮に裾ひたす新倉矢風

涯しない太平洋の瑠璃潮の重量感には圧倒される。八丈島など一塊の浮島の感じ。

「 新倉矢風集」
自註現代俳句シリーズ六( 四〇)

四月三日
子を呼べば鏡中に声して春や今瀬剛一

十七音であるがリズムは五、九、三の破調。別に意識したわけではないが口の中で調えているうちにこうなってしまった。「 春」を表現したかった。

「 今瀬剛一集」
自註現代俳句シリーズ六( 三三)

四月二日
太陽の虜となりて諸子釣る山崎寥村

承前「諏訪行六句」の中より。諏訪湖のほとりでは、まぶしいほどの日射の中で多勢の釣人を見かけた。諸子だという、柳の葉のような魚だつた。

「 山崎寥村集」
自註現代俳句シリーズ六( 三五)

四月一日
三鬼忌や眼こげざる焼魚土生重次

西東三鬼の叱咤。

「 土生重次集」
自註現代俳句シリーズ六( 三五)

三月三十一日
眼鏡よごれやすし陽炎もつれあふ薄多久雄

こっそり誓子居で、先生の所作をオーバー気味に描いた。よごれやすし――がそれだ。但し、頭に「 春塵」期だ、ということがあったからだが。

「 薄多久雄集」
自註現代俳句シリーズ七( 一七)

三月三十日
座りよきものより栄螺焼きあがり有吉桜雲

俎の上の鯛ならず、さざえである。

「 有吉桜雲集」
自註現代俳句シリーズ八( 四五)

三月二十九日
みどりごの命の鬨や木の芽晴鈴木良戈

赤ん坊の精一杯に泣く声は、気持ちの良いものである。遠慮なく、思う存分に泣いて、満足をすればぴたりと止まる。不思議な気がする。

「 鈴木良戈集」
自註現代俳句シリーズ八( 四三)

三月二十八日
すみれ濃し絵島の墓のやや傾ぎ小倉英男

役者生島と不義の仲を問われて、大奥から信州高遠へ流された絵島。その墓は小さくひっそりと立っていた。〈 花冷や囚はれの間の嵌格子〉

「 小倉英男集」
自註現代俳句シリーズ八( 三四)

三月二十七日
合はさりし干潟の潮の流れかな小圷健水

谷津干潟は上から干潟を眺めることができる。だから潮の流れもはっきりと見える。二筋の流れが一つになるところも。

「 小圷健水集」
自註現代俳句シリーズ一二( 三八)

三月二十六日
誓子亡き六甲山より春疾風山口超心鬼

山口誓子先生が三月二十六日亡くなられ、御葬儀は二十九日、西宮山手会館で行われた。強風吹き荒れて幔幕を煽った。

「 山口超心鬼集」
自註現代俳句シリーズ九( 一九)

三月二十五日
風垣の解かれし夜の風狂ふ千田一路

間垣は年中見られる能登特有の風物詩だが、風除けの垣は冬だけのもの。彼岸が過ぎると解きはじめる。時ならぬ台風まがいの風。

「 千田一路集」
自註現代俳句シリーズ九( 一)

三月二十四日
一樹一樹の前を過ぎゆき卒業す永田耕一郎

学校の構内の樹木には、思い出があろう。その一樹一樹の前を通り過ぎて卒業してゆく。

「 永田耕一郎集」
自註現代俳句シリーズ五( 四六)

三月二十三日
春のちがふごとく山陽の乙女山陰の乙女晝間槐秋

三月。出雲大社句会での作。旅行の途次、通り過ぎて来た山陽線の〝陽〟と山陰の〝陰〟を対比して、両地方の乙女の〝性〟の違いを思い遣った。

「 晝間槐秋集」
自註現代俳句シリーズ五( 五〇)

三月二十二日
蜘蛛の囲にかかりて太る彼岸雪堀 古蝶

彼岸に牡丹雪が降った。蜘蛛の囲の隙間が雪で埋まってしまい、蜘蛛は己が囲にとじこめられた。

「 堀 古蝶集」
自註現代俳句シリーズ七( 一三)