第6回 清明、清和の季節

多くの地点で四月の月平均気温は十一月、五月は十月とほぼ同じである。一方、四月、五月の光は七月、八月とほぼ同じになる。四月五日から十九日までは二十四気で「清明」。また「陰暦四月朔日(本年は太陽暦五月十四日)」の異称として「清和」という言葉が辞書にある。「くわっとふりそそぐ日光、/冷たい風、/春と夏の二声楽...緑と金」と北原白秋が五月をうたった。北宋の詩人、蘇軾は牡丹の花を包む気象を、光風と清温という言葉で表現している。清明、清和の季節感は、冬の名残をとどめる大気と、日増しに真夏の強さになっていく光の合作といえる。
「春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影にうぐひす鳴くも」、「うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しもひとりし思へば」(大伴家持)は太陽暦七五三年四月五日と七日に詠まれた。家持は「万葉歌人の中で生涯を最も悲しく生きた人」(山本健吉)で、この前年、期待していた叙位の名簿から洩れ、その後、宮廷の権力闘争の波に揉(も)まれ、死後も謀反の汚名を受け、生前の官位を剥奪され、後に名誉を回復されている。清明、清和の夕暮れに、ふと春の愁いを感じたのは、近づいてくる過酷な運命の予感だったのであろうか。「人生 看(み)得るは 幾清明」...これも蘇軾の詩である。