第3回 冬至、冬なか、冬はじめ

古来、一年という時間単位は、種蒔きから収穫までの一農耕年であった。したがって「年の始め」を収穫後から次の種蒔きまで間のどこかに刻むのは、自然のなりゆきだった。また季節変化の根本原因は「太陽の照らし方」の変化だから、「照らし方の特別な日」を「年の始め」に選ぶのも納得できる。現行暦の正月は「新しい太陽の誕生日」の冬至を新年の始まりとする冬至正月が、多くの歴史的なエピソードがからまって十日ほどずれてしまったものといわれている。種蒔きの時期が近づく春分のころも正月に適しており、古代ローマの原始暦は春分正月だった。が、その後、現在の冬至正月に移行したため、第七~第十番目の月の意味を持つセプテンバー~ディセンバーが、現行暦では二か月後ろにずれて第九~第十二番目になってしまった。中国文化圏の正月は、冬至と春分の中間に当たる立春正月の流れを汲んでいる。真冬の正月を「新春」と呼ぶのは、この立春正月の名残である。

 短日の極の冬至は「光の季節」から考えると、まさに冬の真ん中だが、大気の温度が光の変化に応答するのに約一か月半かかるから、寒さは冬至過ぎの方が厳しい。そこで昔から「冬至、冬なか、冬はじめ」といわれてきた。同様の諺は英語にもロシア語にもある。