俳句カレンダー鑑賞  平成30年4月

俳句カレンダー鑑賞 4月
海市にはあまたの禁書あるといふ 角谷昌子

 春、海の彼方にゆらめき垣間見える幻の楼閣、蜃気楼。そこには、沢山の禁書があるという。伝聞形の「といふ」が、故事をふまえた言い伝えのようで効果をあげている。
 掲句を読んで真っ先に思い浮かんだのは、焚書の景だ。たとえば秦の始皇帝による焚書坑儒。書物を焼き捨て、批判的な学者を抹殺したといわれるこの弾圧は、何と多くの文化的犠牲を伴ったことか。堆く積み上げられ、炎と煙にゆらゆらと包まれてゆく焚書のイメージは、そのまま海市のイメージと重なる。そうか、あの海市には、永遠に失われたと思っていた禁書もあるに違いない。
 詩人の眼は、幻の都にふさわしい幻の書を現出させた。時は春。海市は、人類のそんな歴史をもすべて呑み込んで、駘蕩と海の彼方にゆらめいている。(藺草 慶子)
海市にはあまたの禁書あるといふ

角谷昌子

 社団法人俳人協会 俳句文学館564号より