俳句カレンダー鑑賞  平成29年10月

俳句カレンダー鑑賞 10月
秋風や昔どこでも釘を打ち 柴田佐知子

 そう、昔はよく釘を打つ音が聞こえた。隣であ ったか、斜向かいの家であったか。何かを吊すためだったり、垣根を直すためだったり。あの懐かしい音が聞こえなくな って久しい。
 板張りに釘が入っていく音は、優しくふかぶかとした音だ。そんな音がするとき、決まって秋風が吹いていたような気がする。具体的な表現としては「どこでも」と「釘を打ち」だけ。あとは「秋風」が、あたり一切の空間をあらわす。それだけでなく、私たちを「昔」という時間へ連れていってくれる。
 素朴な木造家屋の隅々や、庭つづきのお隣まで見えてくる。その情景を生かしているのは、ほかでもない「秋風」。ここに言われる「秋風」は、まざりけのないすがすがしい秋風そのもの、いわば素風である。
 だからこそ「昔」という懐かしい時間まで表現し得るのだろう。(山本 洋子)
秋風や昔どこでも釘を打ち

柴田佐知子

 社団法人俳人協会 俳句文学館558号より